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  1. 足あと帳(4)
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kiriさんへ

 投稿者:管理人メール  投稿日:2015年 2月21日(土)03時05分35秒
返信・引用
  妹さんの脊髄腫瘍が脊髄髄内腫瘍か、脊髄髄外腫瘍で、どの腫瘍か分かりませんが、
結論からいうと、脊髄腫瘍と頭痛と眩暈は無関係です。

脊髄腫瘍の大雑把な後遺症の考え方は、
「脊髄腫瘍の位置より下(足方向)に後遺症が出現する」です。

もう少し詳しく書くと、脊髄腫瘍の後遺症の影響は、
デルマトーム(皮膚分節知覚帯)に沿って出ます。
http://merckmanuals.jp/home/%E8%84%B3%E3%80%81%E8%84%8A%E9%AB%84%E3%80%81%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E3%81%AE%E7%97%85%E6%B0%97/%E8%84%8A%E9%AB%84%E9%9A%9C%E5%AE%B3/%E8%84%8A%E9%AB%84%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E3%81%AE%E5%9F%BA%E7%A4%8E%E7%9F%A5%E8%AD%98.html

この「メルクマニュアル医学百科」の症状の所でも書いてあるように、
「損傷より上の領域で制御されている機能には影響が出ません」というのが一般的です。

ただし、唯一の例外が管理人です。

管理人は脊髄髄内腫瘍の頸髄の5番目の上衣腫ですが、
脊髄髄内腫瘍の二次的後遺症による頭痛持ちです。

首という場所は頭と首と肩の3つの筋肉の交叉する場所で、
後頭部から背中まで40数針縫合されて、頸椎の2・3・4・5・6番の骨を外し、
10個の人工骨を入れて、12時間の手術をした結果、
首がやせて筋肉が落ち、首が頭を支えるのが辛くて、頭痛を引き起こすんです。
(ここまで広範囲に切開をしたのは、脊髄腫瘍の患者さんの中でダントツ1位です)

主治医(大阪市立大学医学部附属病院の脳神経外科の高見先生)に相談したところ、
「〇〇さんの場合、あれだけの手術をしているから仕方ないよ」と、
切ない顔で言われました。

頭痛といっても、片頭痛+緊張型の混合型頭痛で、
激痛+嘔吐の結構強烈なパターンです。

ボルタレン(痛み止め)、レルパックス(頭痛薬)、リンラキサー(筋弛緩剤)、
ナウゼリン(嘔吐止め)を使っても、痛みが治まらない+嘔吐がひどくなってきたら、
ホームドクター(病院)に行ってペンタジン(麻酔薬)を筋肉注射してもらいます。

ホームドクターの診察時間が終わっていたら、救急外来に行くレベルです。

そういう訳で、脊髄腫瘍と頭痛と眩暈は別に考えた方がいいですよ。

妹さんに限った事じゃないですが、どの患者さんも自分の後遺症の事で、
心が一杯いっぱいだと思います。

だからこそ、心の不安要素を一つでも軽くするために、
MRI設備の整った、脳神経外科医のいる病院で診察を受けて下さい。
(できれば頭痛専門医のいる病院だといいのですが…)

大切な事は、①頭痛と眩暈の原因を調べる事、
②頭痛が起きた時に、きちんと痛みを抑える事ができる薬を処方してもらう事です。

あと、診察を受ける前に「頭痛ダイアリー(頭痛日記)」を記入する事をおすすめします。
インターネットからフォーマット(書式)を無料でダウンロードできますよ。

☆「片頭痛治療剤マクサルト(エーザイ)」
http://www.eisai.jp/medical/products/maxalt/guidance/class.html

☆「頭痛OnLine」
http://zutsu-online.jp/index.html

それでは診察結果のご報告、お待ちしております。
 

管理人さま

 投稿者:ベリー  投稿日:2015年 2月19日(木)12時44分53秒
返信・引用
  お返事ありがとうございます。
骨髄ではなく脊髄ですね。すみません。
今朝の回診で確認したところ、腫瘍の位置は胸椎の第1から第2だそうです。胸椎なので予後に不安がありますが出来るところまでリハビリを頑張って行こうと思っています。
そろそろリハビリ専門の病院に転院予定です。
 

術後経過が

 投稿者:kiriメール  投稿日:2015年 2月19日(木)00時12分18秒
返信・引用
  昨年9月に妹(60歳)が胸椎腫瘍で摘出手術を受けました。手術は成功したのですが、足の痺れや頭痛、眩暈に悩まされています。主治医は経過は順調で、それらの症状は長い目で見てくださいと言っているとのことです。痺れは致し方ないと思いますが、頭痛や眩暈も後遺症と考えて良いのでしょうか?  

ベリーさんへ

 投稿者:管理人メール  投稿日:2015年 2月17日(火)00時38分49秒
返信・引用
  初めまして。管理人のくまちゃんと申します。
病名なんですが、「骨髄」ですか?「脊髄」ですか?
たった一文字違うだけでも別の病気になるのですが、どちらになるのでしょうか?

上衣腫と書かれてあるから、
多分「脊髄腫瘍の中の、脊髄髄内腫瘍の上衣腫」になると思うのですが…。

それと、腫瘍の位置が肩甲骨と肩甲骨の間だそうですが、
胸椎(胸髄)の何番目~何番目に上衣腫があったのでしょうか?

脊髄腫瘍は楕円形をしており、その上端(腫瘍の先端が頭側の位置)から、
後遺症の影響する範囲が決まるので、一度主治医に確認された方がいいですよ。
その時に、手術前・後のMRI画像も写メで撮らせてもらうのも、おすすめです。

ちなみに管理人は脊髄髄内腫瘍の頸髄の5番目(C5)の上衣腫です。

脊髄の内部構造については、こちらを参考になさって下さい。
http://sekison-osaka.sakura.ne.jp/frameset-2.htm

ベリーさんは手術から1ヶ月が経っているのですが、
急性期病院(手術が目的)から、回復期病院(リハビリが目的)に移られたのですか?

ベリーさんに限った事じゃないですが、脊髄腫瘍の患者さんは、
①運動機能、②痛み、③痺れ、この3つを区別して考える事を覚えた方がいいと思いますよ。

結論からいうと痺れと感覚障害(感覚鈍麻)は、
期待するほど回復せず一生残ります。

脊髄腫瘍の医学書で、手術前の患者さんへのインフォームド・コンセントの項目で、
「痺れと感覚障害(感覚鈍麻)は、期待するほど回復せず一生残る」という事を、
患者さんに十分に理解してもらわない事には、
手術への満足度に繋がらないと書いてますからね。

管理人は手術から10数年経った現在も、①運動機能(健常者と変わらず)、
②痛み(麻酔薬が必要)、③痺れ(24時間下半身痺れている)です。

足指探し試験、ビバンスキー反射、医療用音叉、ことごとく検査で異常が出て、
感覚障害(感覚鈍麻)が90%以上アウトですけど歩けます。

ベリーさんと同じで足底の感覚が無いので、地面が固いのか柔らかいのか分からず、
ふわふわとした雲の上を歩くような感じなのは一緒ですね。

さて、ベリーさんからの投稿文を頂く前から、
「脊髄腫瘍の患者さんへ50の質問」(手術が終わった患者さんが対象)という、
Q&Aの一問一答(一行)のテンプレート(書式)を作っている最中です。

今まで「脊髄腫瘍の体験談の募集」はしていたのですが、
管理人も含めて体験談の内容の書き方に統一性がなく、
また逆にせっかく書いて頂いても、管理人が知りたい内容が書かれていなかったりしたので、
Q&Aのテンプレートを作る事にしました。

これで「体験談を書きたいけど、何を書いたらいいのか分からない」という、
患者さんにも使って頂けたら…と思います。

完成したら掲示板にUPしますが、
なにせ目の前のメールで手一杯な管理人なので気長にお待ち下さい。
 

はじめまして

 投稿者:ベリーメール  投稿日:2015年 2月12日(木)20時57分6秒
返信・引用
  昨年12月28日に骨髄内腫瘍の手術をしたベリーと申します。
術後、こちらのサイトに出会い参考にさせていただいています。
腫瘍の場所は肩甲骨と肩甲骨の間で上衣腫でした。
今はリハビリ中でまだつかまり立ちしか出来ません。
特に下半身がしびれて感覚がなく、立っていても座っていてもふわふわとした感じです。
この感覚はずっと残ったまま歩けるのか不安です。
何しろ初めての投稿ですので何から書いたらいいのかよくわかりません。
また少しずつ整理していきたいと思います。よろしくお願いします。
 

たつこさんへ

 投稿者:管理人メール  投稿日:2015年 2月 7日(土)23時21分5秒
返信・引用
  脊髄髄内腫瘍の手術先の公表にご協力を頂き、ありがとうございます。
済生会野江病院のあたりは、昔よく自転車で走り回っていました(引っ越す前)。

急に倒れて病院へ搬送されて、しかも延髄から頸髄までの脊髄髄内腫瘍の手術をなさったのは、
よっぽど腕のある先生なんだろうなぁ…と思っていたら、
やっぱり京大出身の脳外の先生だったのですね。

さて、執刀医(主治医)=薬を処方してくれてる医師だと思っていたのですが、
今は奈良の脳外の先生(できればお名前を教えて欲しいです)が、
薬を処方してもらっているのですか?
次回、薬を処方してもらうのは、いつになりますか?

以前の投稿文の中でも書きましたが、リリカは秋ごろ副作用情報が流れて、
手持ちのリリカを使い切ったら終わり…という方向になっています。
リリカを中止して代替えの薬を処方してもらえるのか、主治医(薬)とご相談して下さい。

当掲示板での脊髄腫瘍における薬の話しは、
「薬を処方してもらっても効きが弱い。もっと強い薬が欲しい」が、ほとんどなので、
相談して頂いても管理人が薬を処方できる訳でもなく、正直扱いには迷っています。
ただ、「1週間での薬の種類と量」の報告(相談じゃない)だけなら、歓迎なんですけどね。

まずは、脊髄腫瘍の痛みの定義です。

☆脊髄腫瘍の痛み=脊髄障害性疼痛症候群で、
「難病予備軍」=難治性疾患研究班情報(研究奨励分野)になります。
つまり難病指定の一歩手前という事です。

患者さんさんそれぞれで痛みの種類や範囲や強さが違うにしても、
難病指定の一歩手前なんだから、そんじょそこらの薬では効かないというのは当然です。

脊髄腫瘍の痛みにおける薬の処方段階は、がん性疼痛に準じます。
トラマールが処方されているという事で、WHOの3段段階の除痛ラダーの、
第二段階のオピオイド鎮痛薬に分類されます。リリカが補助薬になります。

☆「がんの痛みネット」
http://www.itaminai.net/
ここを端から端までよく読んで下さい。

今後、薬を増量・減量するにせよ、痛みの数値評価スケール=NRSを用いて、
薬の使用前・使用後で、どれだけ数値が下がったのか?という事を伝えるのかは、
患者さんの義務ですよ。

管理人は痛みの数値評価スケール=NRSを使いますが、下記ではVASを使っています。
http://www.interq.or.jp/ox/dwm/se/se11/se1149038.html

ご質問の針や灸や漢方などは、患者さんの自己責任でお願いします。
当掲示板では脳神経外科・整形外科・麻酔科(ペインクリニック)での、
手術や治療または処置や薬など、健康保険が適用される範囲の内容でお願いしています。
(医学的根拠が説明できるという事)

※漢方は内科でツムラが健康保険が適用されますが、一般的ではないので対象外です。

管理人としては、患者さんの時間とお金をどのように使おうと関知しませんが、
主治医がすすめないという事は、そういう事なんだと思いますよ。

ましてや旦那さんはアロディニアもカウザルギーも発生している以上は、
どんな小さな刺激でも脊髄が異常発火(暴走)してしまう可能性が高いので、
かなり慎重に考えて下さい。
 

(無題)

 投稿者:たつこメール  投稿日:2015年 1月31日(土)23時51分37秒
返信・引用
  管理人様
お返事いただきありがとうございました。
主人は激しい頭痛と嘔気で倒れて、みるみる全身動かなくなりました。循環も呼吸も嚥下も危なくなって緊急手術も検討されましたが、出血して腫れあがった状態だと神経ショックで死んでしまうかもしれないので、ペースメーカーとステロイドで落ち着かせ、1週間後に無事手術してもらいました。意識はあるのに全身激痛で身じろぎもできず、何度か心臓がとまったときは「掃除機で後ろから吸い込まれる感じ」がしたそうです。
全摘してもらい幸い良性の上衣腫でしたが、術後は砂嚢で頭を固定され管だらけで命のつないで、管理人様も経験なさったと思いますが、大変つらい毎日でした。リハビリ病院に行ってからは徐々に希望が持てるようになり、3か月で座れるようになり、5ヶ月で立ち、歩く練習が始まりました。7か月で杖で少し歩けるようになり、車椅子で自宅に帰りました。通院と訪問のリハビリを受け、今は排せつ、食事は自立できました。よく耐えて頑張ったと思います。

①手術の執刀は大阪の済生会野江病院の脳外科、西岡達也先生です。心身ともに厳しい時を助けてくださって素晴らしい先生でした。
リハビリを5ヶ月して、今は地元(奈良)の脳神経外科の先生に診てもらっています。
②薬(1日の量)
術後から10月まで トラマール25mg×6 胃薬 便秘薬
11月から     トラマール50mg×3 リリカ75mg×1
12月から     トラマール50mg×1 リリカ75mg×2
リリカは多少効果があったように感じましたが、朝は特にがちがちに強張り痺れと痛みがあります。時々突然霧が晴れたように楽になりスタスタ歩いたかと思えば、一瞬にして強張り寝込むこともあります。ロキソニンとボルタレンテープを時々使います。
数日前からぎっくり腰のようにひどく痛がるので、昨日ボルタレン錠、ミオナール、を処方してもらい飲み始めましたが効果はまだわかりません。
③画像はDVDでデータをもらっていたのですが、私のPC技術が足りないのかうちで開けませんでした。ごめんなさい。12月にMRIを撮ってもらいましたが、神経に傷はあるものの腫瘍はきれいに取れていることは確認できました。
④診察は毎週のリハビリの際に主治医にしてもらっていますが、画像をとって検査するのは一年ごとに、ということでした。

痛みの評価方法、知りませんでした。そんな質問を入院中されていたような気がしますが、結果を詳しくきいていません。今の先生は神経因性疼痛と強烈な筋肉痛が混ざっているようなことをおっしゃっていました。主人は薬が嫌いで痛くても我慢して曖昧にいうので、先生に正しく痛みを伝えられていないように思います。

全くの四肢麻痺から徐々に良くなってきましたが、進んでは戻り、喜んではがっかりし、を繰り返しています。痛みの波さえ穏やかになればもっと体が動くようになるはず。管理人様のようにもっと勉強して実践しなくてはいけないです。
アドバイスいただけたらありがたいです。よろしくお願いいたします。






                            
 

脊髄液

 投稿者:84  投稿日:2015年 1月31日(土)23時30分39秒
返信・引用
  管理人様

久しぶりに病院の資料を見ていたら脊髄検査の推移図が見つかりました。
このグラフだと9回受けていますが、あと2-3は受ていると思います
前に申し上げましたが、ベテランです(笑い)。
最悪の時の細胞値が348だと思っていましたが、436でした。

348→171に半減した時期にステロイド(40mg/日と記憶しています)と抗結核薬(3種類)
を併用という苦肉の策の治療をしました。

急性散在性脳脊髄炎と結核性髄膜炎を視野にいれた治療です。
本来は二兎を追うような治療はしないとのことでした。
が、やったということはタイムリミットが近い状態だったのかな
と今では思っています。

この治療を始めた時もバタバタしていました。
当初予定されていたバンコマイシンの投与を急に中断して
切り替えたように記憶しています。

最終的には2014年の春で細胞値が通常の5程度に落ち着き、
抗結核薬をやめることができました。2年間服用です。

今はステロイドを一日に5mgです。
これを今後抜いていくのですが、いつまでかかることやら。

以上です。
84


 

たつこさんへ

 投稿者:管理人メール  投稿日:2015年 1月31日(土)02時32分9秒
返信・引用
  初めまして。管理人のくまちゃんと申します。

旦那さんの件は大変でしたね。旦那さんもたつこさんもお疲れ様でした。
できる事なら勤務先で倒れてから手術までの、詳しい話が聞いてみたいです。

延髄~頸髄の5番目での脊髄髄内腫瘍の患者さん(管理人も含む)は、
後遺症じゃなくって命について医師から言われますが、
あくまでもそれは可能性の話しですが、実際にこういうケースってあるものなんですね。

管理人は「このままだと脊髄髄内腫瘍が呼吸を止めるよ」と言われて、手術に踏み切りました。

脊髄髄内腫瘍の上衣腫は良性腫瘍で全摘がしやすいものなんですが、
まれに出血を起こしたりするんですよね。MRI画像を撮ってみたら、
過去に出血をした血のかたまりとかが写っていたりするもんです。

さて、痛みと薬の話しをしようと思ったら、下記の事を聞かせて下さい。

①手術した病院と診療科目と執刀医
②薬の1日の服用量と種類
③手術後のMRI画像(縦・横方向)
④次回の診察日

①だけは公表したくなかったら、そっと管理人まで直接メールを下さい。
守秘義務は固く守りますよ。

あと医師から、患者さんは痛みをどうやって伝えるのか?(マクギル疼痛質問表)、
痛みの評価方法?(数値評価スケール=NRS)とか、肝心の部分の説明はちゃんと受けていますか?
(分からなければインターネットで調べてみて下さい)

管理人もたくさんの薬を飲んでいるので、NRSで痛みを数値化して、
それに応じて薬をドラッグカッターで4分の1までに切断して、
最小の薬で最大の効果を得られるように教えられました。

ドラッグカッター(アメリカ製)は薬剤師さんからタダでもらいました。
今はインターネットでも簡単に購入する事ができますよ。
 

(無題)

 投稿者:84  投稿日:2015年 1月29日(木)23時44分6秒
返信・引用
  皆様

昨日の通院の報告です。
レントゲンの結果は異常なしでした。
ただし、今後も髄膜炎の後遺症との戦いは続くと思います。
たぶん一生。

整形外科での問診は雑談のような感じでした。
「手術やその後の再入院からもう3年がたちましたね、早いですね」
って感じです。
あと、再入院、再手術の際の今だから言える話し的な会話でした。
次回の診察は7月でMRI検査を受けることになりました。

それと今回の外来の看護師さんは3年前に病棟でお世話になった方でした。
私はうる覚えでしたが、先方はよく覚えてくださっていて、
私の元気さかげんに喜んでくださいました。

見た目は大きな問題は無いですが、疲れが出てきた際のふらつきと
微熱は相変わらずです・・・。

以上です。
84




 

はじめまして

 投稿者:たつこメール  投稿日:2015年 1月28日(水)15時32分3秒
返信・引用
  初めまして。40歳の夫が髄内腫瘍とわかってから、こちれの掲示板を時々読ませていただいて、うちだけじゃない!頑張らなくては、と励まされてきました。ありがとうございます。

主人は昨年1月に勤務先で倒れて緊急搬送されました。延髄からC3の髄内に上衣腫があり、限界まで大きくなり腫瘍内で出血したそうです。全身が麻痺し心停止しましたが、ペーズメーカ―とステロイドで持ちこたえ、一週間後に手術しました。
腫瘍は全摘されましたが四肢麻痺は強く残り、手術から1か月半後寝たきりのまま回復期リハビリに転院し、5ヶ月後の8月に退院して自宅に帰り、今は通院と訪問でリハビリしています。
ちょうど1年経ちましたが、自宅内では歩行器で歩けるようになりました。なんとか電動車いすで職場に復帰することを目指し頑張っています。三途の川を渡りかけましたが、今は子供とそろって食卓を囲めるようになり、ありがたいことです。
今の悩みは、麻痺は改善しているのですが痛みが回復を邪魔をしていることです。週に一回は痛くて寝たきりになります。感覚異常で撫でただけで悲鳴をあげるときがあります。急性期の激痛の記憶で過敏になっているといわれます。今処方されている痛み止めはリリカとトラマールとロキソニンです。主治医からはこれらの薬の量で痛みをコントロールするよう言われています。
もし痛みのコントロールについてのアドバイスがあれば教えていただけないでしょうか。針や灸、漢方などは危険でしょうか。
ある程度の痛み、痺れとは一生の付き合いだと本人もわかっていますが、あまりに痛がると、生きる意欲が減ってしまうようです。
同じ脊髄の病気で苦しんでいる皆様が少しずつ良くなっていかれますように。
 

(無題)

 投稿者:84  投稿日:2015年 1月27日(火)23時08分48秒
返信・引用
  皆様

いかがお過ごしでしょうか?
明日、半年ぶりで整形外科の外来に行きます。

午前は神経内科の診察とレントゲン撮影です。
これは結核性髄膜炎の診断を過去に受けており、
治療に公費の助成を受けていたことによる、
保健所からの要請です。

午後は整形の外来と、ハシゴになります。

以上です。
84
 

ありがとうございます

 投稿者:eito  投稿日:2014年12月30日(火)22時35分30秒
返信・引用
  管理人様ありがとうございます。
見ず知らずの人間にここまで丁寧にご返答下さるなんて、本当にありがたいです。

頭の中では考えても仕方のないことは、どこかで分かっていながら、不安でメールをしてしまいました。

画像に写らない病気なら、症状が出るまで割り切るしかないですよね。
薬を飲まずに生活できる事に感謝して、前向きに考えます。
けっこうメンタル大きい気もしますし。

管理人様の足が炭酸水ってかなりキツイですね。自分、まだまだでした。
それにしても麻痺としびれの強さは比例しないことに驚きました。

しびれと痛みを区別する。と言うアドバイス、目からウロコでした。
 

eitoさんへ

 投稿者:管理人メール  投稿日:2014年12月27日(土)00時28分50秒
返信・引用
  初めまして。管理人のくまちゃんと申します。

掲示板の上部にも書いてあるのですが、医療相談はお断りさせて頂いておりますので、
あくまでもアドバイス程度だと思って下さい。

脊髄腫瘍のほとんどの患者さんが口にする痺れ(感覚障害)についてです。
これは一生残るものだという前提で話を進めます。
(他の患者さんたちが主治医からどういう説明を受けているかは知りませんが…)

①良性腫瘍で全摘できているなら、心配のない痺れです。
②悪性腫瘍で肉眼で全摘されていても、痺れについては主治医の診察を受けて下さい。
(グレードが低・高悪性であっても、悪性腫瘍である限り再発の事は頭のすみにあると思います)

①について、よく質問を受けるのですが、天気にも晴れや曇りがあるように、
痺れにも強弱があるんですね。きれいな右下がりの直線のグラフのように、
痺れが回復するものじゃないんです。そして患者さんが期待するほど回復しない事も…。

心配事は主治医の診察を受けてもらった方が、安心できると思いますが、
患者さんが痺れを訴えてもMRIで異常がなければ、そのまま経過観察なんです。
別に治療(手術)もないし、薬もないです。

脊髄腫瘍の手術後で治療(手術)が必要だったのは、
脊髄炎・(脊)髄液漏・腫瘍の再発、この3つです。

痺れの強弱で気持ちが振り回されるのは、患者さんの心がしんどいだけですよ。
今ある後遺症のすべてが脊髄腫瘍なんだと思う事です。

大切なのは痺れは感覚障害だと認識して、痺れが強くなった時に運動障害が出ているか?です。
そして痛みが強くなっているか?です。これをきちんと区別された方がいいですよ。
あとは痛みのレベルに応じて、痛み止めを追加するだけです。

②については、悪性腫瘍である…という前提ですね。

数年前の話しになりますが、脊髄髄内腫瘍の手術を受けた患者さんで、
手術した病院では腫瘍の特定ができなくって、整形外科繋がりで、
慶應の整形に腫瘍を送って、やっと星細胞腫だと診断されたケースがありましたが、
まさしくeitoさんと同じですね。

春頃にもまた別の星細胞腫の患者さんからメールを頂きましたが、
脊髄腫瘍の約5%と言われる悪性腫瘍の患者さんの、再発率や生存率などは、
データが全国に分散しているので、今後の見通しについては暗中模索だと思います。

痺れが腫瘍の再発の兆候の可能性が捨て切れない以上は、診察をおすすめします。
…ですが、MRIも診察も受けられて薬もなく、そのまま経過観察なんですよね。

脊髄腫瘍の後遺症のすべてに言える事ですが、グズグズ悩んだって1%だって変わらないんですよ。
悩んで変わるものなら、とうの昔に管理人も悩んでますよ。

今は主治医の診断を信じて、再手術など行動を伴ったり決断を迫られるようになった時に、
考えればいいや…って割り切る事です。

【薬について】

薬についてはどれだけ情報を持っていようとも、主治医が処方してくれない事には、
どうしようもないものだと思っています。

患者さんがどんな薬を使っているのか?という情報としては気にはなるのですが、
上記の理由から参考にはならないんで、当掲示板では扱いに頭を悩ませているところです。

抗ウツ薬(SNRI・SSRI・パキシルなど)は、脊髄腫瘍の痺れに有効性があるとの、
医学論文もありますが、あまりにも治療成績が悪すぎで、
管理人も片っ端から試してみましたが、効果が得られず諦めました。

「管理人さんは頸髄の5番目で、あごから下が後遺症の広範囲だから、
効果が無かったかも知れないけど、私には効果があるかも…」って解釈されると、
ここで「主治医が処方してくれない事には…」という、壁にブチ当たるんですよね。

リリカを処方されていた患者さんも多かったですが、副作用の情報が流れてから、
手持ちのリリカが切れればリリカは処方せず、他の代替えの薬も処方されていないようです。
まぁ、もともとリリカも「効果がない」と患者さん内では有名な薬でしたからね。

eitoさんは今は薬を使っていないんですよね。
薬を使っていない=薬を使わなくてもいけるレベルの痛みという事ですよね。

脊髄腫瘍は脊髄性疼痛(難治性疼痛)も後遺症に含まれますが、
少しでも心の重荷は少なくってよかったです。

管理人は錠剤・座薬を超えて、キシロカインなどの麻酔薬(注射)にお世話になっているので、
どの患者さんよりも脊髄性疼痛の辛さは知っているので…。

あと、管理人は後遺症などをグズグズ書くタイプではないのですが、
「第1回脊髄腫瘍・痺れ選手権」があったら、間違いなく上位に食い込む自信はありますよ。
足底からサイダーの泡のような痺れが24時間発生しています。
 

再発について

 投稿者:eito  投稿日:2014年12月25日(木)00時17分0秒
返信・引用
  はじめまして。
私は2年半前に胸髄3~8番までの髄内腫瘍の摘出手術を受けました。
突然髄内出血をおこし、麻痺が出たため緊急入院となりました。
病理は結果まで1年かかり、低悪性度の星状細胞腫ではないかとの診断が下りました。

東海大の渡辺先生執刀で、ご友人だそうで、慶応の中村先生とも術前に話をして下さいました。
手術時間は腫瘍が思っていたよりも大きく広がっていたわりに予定より2時間ほど早く終わり、
先生も、取りきれたと思うし上衣腫だと思うと言っていましたが、結果はあまりよくありませんでした。

術後1年を超えてからも泌尿器では残尿がなくなったり、靴下で階段が降りられるようになったり、
徐々に良くなっている感覚があったのですが、ここにきて痛みとしびれが強くなり心配をしています。
患部にしめつけられるようなしびれを感じます。
薬は常用しているものはなく、痛み止めは術後2年ほどですべてやめました。

先日のMRIでは変化は見られず、と言ってももともとMRIではほとんどわからない腫瘍だったので
再発の有無の確認にはあまり有効ではないと思います。

私が伺いたいのは、
術後しばらくしてから再発でなくともしびれが増すことがあるのか?ということです。
くしゃみをすると片足(ブラウンセカール状態なので、麻痺と反対側の脚)にしびれが響くようになり
いい兆候ではないそうで、不安です。
ただ横になると痛みは消えていき、夜はよく眠れ朝は脚のしびれはありますが、
患部のしびれはなく、夕方からひどくなる感じです。
ちなみにヘルニアではないようです。
以前腫瘍があったときは横になれずに辛い思いをしたので。

今は簡易的な内転防止サポーターと杖生活です。
同じような麻痺の方の薬の状態も知りたいと思っています。
よろしくおねがいします。
 

傷口写真

 投稿者:84  投稿日:2014年12月 7日(日)14時45分7秒
返信・引用
  管理人様、皆様

久しぶりに傷口の写真を撮りました。
3年ちょっとぶりでしょうか?

3回もオペをし同じところを切ったり、縫ったりしましたが、
日常生活を営む上で頸の動きで支障は感じません。
たまに痒みを感じるくらいですね。

触った感じは、何かへっこんでいるような感じです。

以上です。


 

Sさんへ

 投稿者:管理人メール  投稿日:2014年12月 2日(火)20時18分20秒
返信・引用
  投稿者欄がフルネームの実名だったので、管理人権限で保留にしてあります。
それと「歩行困難となり、生活に困っています」と、投稿文がたった一行なんですが、
これでは一体何が言いたいのか伝わらないので、お手数ですが再度投稿をお願いします。

■投稿者の名前はハンドルネーム(ニックネーム)にして下さい。
こういう不特定多数の人が見ている掲示板での実名は危険ですよ。
■メールアドレスですが送信できませんでした。
多分、アドレスのどこかで誤字・脱字をしている可能性が高いので確認して下さい。
■病名は脊椎腫瘍なんですか?脊髄腫瘍なんですか?
たった一文字違うだけでも、脊椎(背骨)と脊髄(背骨の中)では大きな違いですよ。
■もし脊髄腫瘍だというのなら、例えば「脊髄髄外腫瘍(神経鞘腫)の胸髄腫瘍」とか、
障害者手帳の取得などの自己紹介もお願いします。
(どう自己紹介を書けばいいのか分からなければ、管理人までご相談下さい)
 

手術から2年たちました5

 投稿者:コキシャメール  投稿日:2014年11月22日(土)20時37分47秒
返信・引用
  コキシャは、脊髄(頚椎)髄内腫瘍 C1~C5 上衣腫
手術日:2012年10月10日
復職
 2013年5月に時間短縮ながら復職しました。
 仕事では、字は汚いですが大きく書けばなんとか書けます。パソコンのキーボード打ちは右手指2本と左手指1本で打てます。ハンコも押せます。何とか最小限の事務作業はできるのですが、本や書類のページめくりに時間がかかります。運動機能としても少しずつ向上しています。
 2013年10月からフルタイムの仕事をしました。ただし、事務所外での現場調査や出張等はしていません。
 2014年6月、地元大学病院にてMRI検査と診察を受けました。
 2014年7月、その検査結果を持って、手術大学病院の診療教授の診察を受けるというより、体調の報告をしてきました。再発はしていなく、まだまだ良くなるとの診断を受けました。
 飲んでいたリリカを試しに辞めてみました。効いていないことを実感したので、そのまま辞めてしまいました。今は何も飲んでいません。上半身の痺れ痛みがひどいですが、どうしようもありません。
 全身にうっすらと汗をかき、風に当たると気化熱を奪われ寒く感じます。常に寒く感じる身体になってしまった者としては、夏は何とか良かったのですが、秋へと進むと寒さが身にしみており、不調です。ただ、体のいろいろな不調が、手術の影響なのか、そもそも加齢によるものなのかは、判別しにくいところもあります。
 体は不自由ながら、仕事ができ、美味しく食事でき、以前にも増して酒が飲め、旅行にも行けるようになりました。手術が成功し、命あることに感謝して日々を過ごしています。
 

手術から2年たちました4

 投稿者:コキシャメール  投稿日:2014年11月 9日(日)21時32分56秒
返信・引用
  コキシャは、脊髄(頚椎)髄内腫瘍 C1~C5 上衣腫
手術日:2012年10月10日

地元へ
地元空港から地元大学病院まで息子の車で直行し、即入院。脳神経外科教授に状況報告。

 改築直後の新しい病室で、地元方言丸出しの雰囲気に懐かしさを感じつつも、逆に同室者たちの治療に対する雰囲気に、手術大学病院とのギャップを感じました。
 手術大学病院と異なる歩行器に戸惑いつつ、自主練習ということで、病棟内を歩き回りました。
 OTでは、衣服の脱ぎ着を想定した腕全体を動かすリハビリと手先を動かす塗り絵の宿題が主体でした。目をつぶると、手のひらにのせられた積み木の形は全くわからない状態でした。

 排便に関しては、薬のコントロールで毎朝の排便習慣はできましたが、腕が動かないので、パンツ下げ上げと尻拭きは看護師の介助でした。

リハビリ病院
 地元大学病院に16日間の入院後、リハビリ病院に転院しました。地元では唯一の公立リハビリ専門病院です。入院患者のほとんどが脳卒中後のリハビリを受けていました。独歩できるほど回復した患者さんはすぐに退院し、待機していた車いすの患者さんが新たに入院するといった入れ替わりの多い病棟でした。

 PTでは、歩くことと上半身のストレッチから始め、最終的にはウオーキングマシーンでの自主練習が認められるほどになりました。

 OTでは、まずは肩関節のストレッチで、パンツの上げ下げと尻拭きと衣服の脱ぎ着練習などの生活訓練から始まりました。そして、キーボード練習や自動車シミュレーター操作など復職にむけたリハビリを追加しました。箸の練習は当初は全くダメなので中盤は練習しなかったのですが、最終的には練習しないのに使えるようになっていました。

 年末年始は、体験ということで自宅に戻ることできました。

リハビリ病院退院
 2013年4月にリハビリ病院を退院しました。
 常にうっすらと汗をかき気化熱を奪われることで全身寒く感じること、左半身皮膚の触覚感がないこと、歩行時には左足の動きを意識しないとうまく歩けないこと、両手指先の皮膚感覚はただ痛いだけで動きも悪いので巧緻運動ができない、左手の握力が10Kgもないなどなど。

 左手が悪いことでできないことをあげてもきりがありませんが、例えばワイシャツのボタン掛は専用道具を使うとか、小銭をつまめないので電子マネーを使うとか、車のハンドルにはポッチを付けるとか便利なものを使って対応していました。それでもできないことは、いつかできるようになるだろうと日々チャレンジしていました。

 2013年4月、地元大学病院にてMRI検査と診察を受けました。
 2013年5月、その検査結果を持って、手術大学病院の診療教授の診察を受けるというより、体調の報告をしてきました。再発はしていなく、まだまだ良くなるとの診断を受けました。
 

手術から2年たちました3

 投稿者:コキシャメール  投稿日:2014年11月 2日(日)13時19分8秒
返信・引用
  コキシャは、脊髄(頚椎)髄内腫瘍 C1~C5 上衣腫
手術日:2012年10月10日

手術大学病院と執刀医との出会い
2012年9月3日手術大学病院で診察。地元大学病院からMRI画像が送られており新たな検査はなく、同い年で好印象な診療教授の1時間にわたる丁寧な診察と説明を受け、安心して手術することをその場で決めました。診療教授は、学会・講演活動の忙しいスケジュールの合間を縫って、早めの手術日を決めていただきました(それほど切羽詰まった状況だったのかな?)。「歩いて入院される患者さんは、歩いて退院させます」と診療教授に言われ、「この難しい手術を成功させますよ」という意味がわからず、「何を当たり前のこと言っている」のだと思っていました。

妻に同行してもらうため、マンスリーマンションを予約しました。妻は人生初めての一人暮らしに不安ちょっぴり、期待が大。その根拠は、診療教授への信頼感があったこと、そしてこのホームページの管理人さん情報を見て「手術は大変ではない」という都合のいい思い込みをしていたからです。

ただ、身近な人たちには不安が広がっていたようです。「地元大学病院に行けば、どんな病気でも診てくれる実績があるのに、他所の大学病院で手術を受けるとは、かなりの難病か、重症なのではないか?」確かに、身近な人で、地元以外で手術を受けた人は知りません。

診察時点では、上半身と両手甲の痺れ痛み(我慢できる)、左足裏の麻痺でしたが、待機中にさらに両前腕の痺れ痛み(我慢できないに近い)と右足指先まで麻痺が進行してしまいました。2012年7月からの2か月間の症状の進行は本当に速く、この後の不安で眠れない日々が続き、遠くの鉄橋に貨物列車が通る長い音で夜明け近いことを感じる悶々とした日々でした。

入院と手術
丸坊主にして、地元から出発。
2012年10月3日入院。MRI検査、MEP検査などを受ける。
2012年10月10日、約11時間麻酔の手術。診療教授を中心とした医療チームの執刀を受け、頚椎1番から5番までの大きい腫瘍を摘出していただきました。

手術室で麻酔から覚めた瞬間、「生きている」とガッツポーズをしながら叫んだ記憶が強く残っています。ただ、病室に戻っても朦朧としていて、名前をやっと言えたくらいです。

診療教授からは、全摘できたこと、腫瘍の病理検査は「悪性ではない」と告げられ、一安心できました。

硬膜の縫い合わせから髄液が漏れないようにするために腰に脊髄ドレナージを9日間していたので、3回の食事に各30分間起き上がるのみで、あとはもう寝たきりでした。看護師の介助で寝返りしましたが、その都度、「左手はどこ?」と確認するほど、左手位置感覚はなく、「ここにありますよ」と見せてもらって納得できていました。右手で食事と歯磨きができるだけ、左手はほとんど動かせませんでした。

診療教授からは、「食べることが仕事。特にタンパク質を」と言われ、食事を完食するだけでなく、チーズを食していました。しかし、薬での排便コントロールに手間取ったことから、浣腸せざるをなく、される方もする方も大変でした。

脊髄ドレナージ抜き後、リハビリ開始となり、ベッドから車いすに移る日常のリハビリと、平日のリハビリ室でのリハビリを行いました。PTでは、まずは、車いすから立つこと、平行棒内を歩くこと、手が使えないので杖突きの練習はとばして歩行器練習、そしてやっと独歩。何とか退院時には間に合いました。OTでは、初日に両手に持ったタオルでテーブル拭きができず、「こんなこともできなくなったのか!」と、悔し涙を流してしまいました。退院時まで、腕の動きはなかなか回復しませんでした。車いすを自力で手こぎすることは全くできませんでした。

妻には、毎日、昼から来てもらい、デイルームで一緒に食事したり、リハビリ室で見守ってもらったり、精神面で本当に支えてもらいました。脊椎ドレナージも外れていない手術1週間後に、結婚30年目を迎えたことが印象的でした。一緒にご飯を食べることや、リハビリ後のご褒美に売店や病院敷地のイチョウ並木に車いすで連れてもらうことに幸せを感じ、励みとなりました。身体は不自由だけど生きていて本当に良かったと思う時間を過ごしました。

11月下旬に、お世話になった担当医や看護師、OT、PTさんに感謝の挨拶回りを独歩でし、退院しました。
地元から、息子が迎えに来てくれ、用心のため、空港内や飛行機搭乗時はANAの車いすを使用しました。
 

Re: 大変遅くなってすいません

 投稿者:トト  投稿日:2014年10月27日(月)08時47分37秒
返信・引用
  > No.167[元記事へ]

ケイさんへのお返事


ケイさん 手術前後の状況説明どうもありがとうございました。
大変だった様ですね。杖無しに歩けているとの事、良かったですね。

私のL3にある腫瘍が大きくなり生活する上で支障がではじめ、激痛を感じはじめ手術する運びになる頃を想像しながら、読ませていただきました。
53歳の私。60歳で定年、年金が貰える?であろう65歳までは、元気に仕事をする構えでいるのですが、手術が必要となった時、状況は一変してしまうのだろうなと感じています。辛いな。

 

(無題)

 投稿者:ケイ  投稿日:2014年10月25日(土)12時56分49秒
返信・引用
  メールに気付くのが遅く今になってしまいました。すいません。はい!大腿骨骨頭壊死は、以前他の病気で大量にステロイド剤を服用したことがあり、その副作用で大腿骨骨頭壊死でなることがあるみたいで、先生はそう思ったようです。しかし、他の整形外科の先生方は、骨頭壊死ではないと、それで治療も何もしていません。
手術後にこの掲示板に「手術目的は症状の改善ではなく手術による将来的な症状を食い止める事また、神経を圧迫している病変を取り除くだけであり、手術後に症状が改善するかどうかは神経の回復力による、手術前の症状が軽ければ軽いほど症状発現より手術までの期間が短かければ短いほど回復力が期待される、逆に症状が重く症状発現より手術までの期間が長ければ、手術しても症状はあまりよくならない」を読んでとても参考になりました。また、管理者さんも同じ症状があると言うことでなぜかほっとしました。
 

メールに気付くのが遅く今なりました。すいません

 投稿者:ケイ  投稿日:2014年10月25日(土)12時32分31秒
返信・引用
  管理人さんへのお返事

> 話しの内容が分かったので、管理人権限で保留にしてあった、
> 2014年 9月 7日(日)の投稿文は公開にさせて頂きました。
>
> ①総合病院で大腿骨頭壊死と診断。
> ②近くの整形外科で脊髄髄外腫瘍と診断。
>
> こういう言い方は失礼なのでしょうが①は誤診で、実は②が正解だったという事でいいんですよね?
>
> どう考えても脊髄髄外腫瘍と大腿骨壊死とじゃ、大腿骨壊死の方が深刻な病気なはずなのに、
> その後の大腿骨壊死の治療について何も書いて書いていないという事は、
> 大腿骨壊死の治療は何も必要じゃなくて、大腿骨壊死による足への後遺症は無いのですよね?
>
> 脊髄腫瘍は割と誤診というか、別の病名を付けられて、その場しのぎの痛み止めや、
> 針や接骨院とか通っていたけど、そのうちどんどん自覚症状や歩行にも影響が出てきて、
> これはおかしいと別の病院で診てもらったら、本当は脊髄腫瘍だったというパターンが多いです。
>
> それから脊髄腫瘍の手術目的は、
> 「手術時の後遺症のリスクを背負ってでも、将来的な後遺症の進行を食い止める事」ですよ。
> 良くなるために手術をするって思っている患者さんは多いですが、それは違うと思います。
>
> 脊髄髄外腫瘍は脊髄髄内腫瘍と違って、脊髄本体にメスを入れないから、
> 脊髄髄外腫瘍による脊髄の圧迫が取れれば(除圧)、良くなったという患者さんも多いとは思いますが。
>
> ケイさんも感覚障害と固縮があるようですね。管理人も右足の固縮がきつくて、
> 同じように縮んだバネを無理に伸ばすような感じです。
>
> おまけにビバンスキー反射も異常が出ています(足の指が開いてしまう)が、
> 普通に歩いたり自転車に乗ったりしています。
 

大変遅くなってすいません

 投稿者:ケイ  投稿日:2014年10月25日(土)12時29分36秒
返信・引用
  トトさんへのお返事

>
> 掲示板を教えてくれた、友達から、トトさんと管理者さんからメールがきてたよと一昨日聞いて、慌ててメールしてます。手術は、診療明細書をみると、脊髄腫瘍摘出術(髄外)とあります。手術時間は約6時間でうつ伏せの状態でした。手術説明では胸腰椎の後方部分を削って脊髄を露出させ顕微鏡下に腫瘍を摘出しますと言われました。手術が終わった次点で手術前につくっておいた、胸から腰までのコルセットを装着、これはシャワーを浴びる以外は先生の許可でるまで着けてました。先生は2~3カ月位着けておくといいましたが2ヶ月位で外れました。また、手術後は背中をつけられないので横向きで自分では左右向きを変えるのもできず看護師さんを呼んでは向きを変えてもらってました。先生から許可でるまでは、大変でした。排液の管が外れてから、歩く練習とかリハビリが始まりました。3日後に外れ、歩けた時には喜びました。先生に感謝、感謝でした。後遺症は残りましたが何とか杖無しで歩いてます。
 

五郎冠者さんへ

 投稿者:管理人メール  投稿日:2014年10月25日(土)02時04分40秒
返信・引用
  脊髄が白くなっている箇所がいくつかあるというのは、多発性脊髄腫瘍(NF1、NF2、VHL)も考えられますね。
脊髄炎なら髄液採取後、点滴で大量ステロイドの投与なので、手術はしません。

脊髄腫瘍の手術目的には腫瘍を採取して、腫瘍名を確定させるという事なので、
脊髄腫瘍の線も捨て切れないという事なのでしょうね。

五郎冠者さんの投稿文を読んでいて思ったのですが、まずは手術を受け…って書いてありますが、
今はそこで手術する事が最善の選択なんですか?

お父さんの病状を考えると、愛知医科大病院の医師と心中するぐらいの覚悟がないとダメですよ。

医師としては気乗りしない手術を引き受けてみたものの、手術をしたら手に負えない腫瘍で、
病理診断のために少しだけ腫瘍を採取して、そのまま閉創した…という事になったら、どうするのですか?

はっきり言って尻拭いのような2度目の手術を引き受けてくれる医師は限られてきます。
管理人を10数年やっていますけど、こんなパターンの相談ばっかり受けているから言ってるんですよ。

まだ患者さんに次回までの手術待機可能期間があって、車椅子でも移動が可能で、
患者さんも2度目の手術を希望されているなら、転院を前提にもう一度セカンドオピニオンをすすめます。
でもお父さんにはそれが無理ですよね?だから心中するぐらいの覚悟と書いたのです。

脊髄腫瘍の手術目的は、「手術のリスクを背負ってまでも、将来的な後遺症の進行を食い止める事」です。、
お父さんの手術の天秤の先は何が乗っているのですか?
ここが理解できていないと、一生手術をした事を後悔して、後遺症に苦しむ事になりますよ。
 

手術から2年たちました 2

 投稿者:コキシャメール  投稿日:2014年10月25日(土)00時04分6秒
返信・引用
  コキシャです。
脊髄(頚椎)髄内腫瘍 C1~C5 上衣腫  手術日:2012年10月10日

病状の進行
 2008年から左前腕部の皮膚に硬貨大の痛みでもない痺れでもない「違和感を感じる」ことから始まりました。皮膚科の開業医で「じん麻疹」と診断され、薬を処方されながら経過観察を受けていました。少しずつ増える症状(左腕に痺れがでてくる。左手や左足でお風呂の湯加減を感じない。)をその都度説明していたのですが、2年間通院したある日、左側頭部と左耳の皮膚感覚がない旨説明すると、「訴えている症状は皮膚科ではありえない症状で、不定愁訴でしょう」と突き放され、結果として、次にどこで受診するかのアドバイスもなく見放されました。その間も、肩こりなどがひどいときには、整形外科医の開業医でレントゲン撮影をしても原因が分からず、ただ痛み止めの飲み薬や貼り薬を処方されていました。

2010年には、仕事上の強いストレスの中で、さまざまな症状(特にひどかったのは冷え性とホットフラッシュ)が表面化しました。「男性更年期障害」ではないかと疑い、地元大学病院の県内唯一の専門外来を受診し、男性ホルモン量が少ないことから「男性更年期障害」と診断され、ホルモン療法をしました。通常はこれで改善するはずでしたが、なかなか改善しないまま経過観察をしていました。「男性更年期障害」専門外来を定期的に受診する中で、我慢できない症状が出ると大学病院内の該当科に紹介してもらう対応をとりました。背中(肩甲骨と肋骨の間)の痛みや冷え性などの症状を訴えると、地元大学病院の整形外科を紹介してもらい、頚椎のレントゲン撮影をしていましたが、異常は見つかりませんでした。

2011年夏に、また背中の痛みがひどくなったので地元大学病院整形外科でMRI検査を受ける予約まで入れたのですが、その直前に受診した神経内科で左腕の皮膚感覚がないとの症状にも教授に「異常なし」と診断されたことで、予約していたMRI検査をキャンセルさせられ、結果として病気発見を1年間遅らせてしまいました。しかし、症状はなくならず、精神科を受診し「うつ病」と診断され投薬を受けていましたが、好転するはずもありません。大学病院での治療は諦め、自律神経を整えてくれる整体院に通うなど、いろいろともがいていました。

その他に喉奥の痛みで耳鼻咽喉科の開業医に行ってみたけど、抗生剤では良くならず、痛み止め薬に頼っていました。

それらの多くの症状のうち、どれが頚椎髄内腫瘍と関連しているのかはわかりませんが、通常は治るはずの治療でも症状は良くならず、とても不安でした。

告知へ
2012年7月からは、職場のクーラーによる冷えがあまりにもひどいことや以前から痺れていた左手甲に加え、右手甲にも痺れが出てきて、かなりの切迫感を感じ、再度大学病院の整形外科でMRI検査を受けることとしました。その結果、頚椎1番から5番に腫瘍があり、正常な神経を圧迫していたことがわかりました。この病気を疑う医師と出会っていなかったことが、発見を遅らせることになってしまったと思っています。

整形外科では、腫瘍が延髄の直下にあるのでこのまま放置すると呼吸中枢にまで広がり呼吸停止におちいること、手術は必須だが回復のためではなく症状の進行阻止のためであること、整形外科では対応できない部位なので脳神経外科に転科してほしいことなどが告げられました。長年苦しんでいたさまざまな症状を引き起こしていた病名が明らかになったので、この告知はある意味喜んで受け入れました。とにかくこれで適切な治療を受けることができるという期待感もありました。

造影剤を使ったMRI検査の後、半年前に赴任したばかりの脳神経外科教授から、「脊髄(頚椎)髄内腫瘍」と告げられました。ただ、腫瘍は良性のことの方が多いが、手術時に病理検査してみないとどちらとも言えないこと、難易度の超高い手術であり地元にはその分野の医師がいないし自分もできないこと、そしてその場で半年前まで一緒に仕事をしていた他地方の大学病院診療教授の指導医を紹介されました。

このままでは命の危険があり、すぐに手術を受けなければいけないと思い、その診療教授の診察を受けることにしました。そこは遠い場所ではありましたが、新婚旅行や家族旅行の場所でもあり、何度も仕事で出張しているし、飛行機の直行便もあることから、その地は心理的には首都圏よりも近かったです。さらに、その年の4月にたまたま妻が退職しており、一緒に行って看病すると応援してくれたので、遠い地に行くことには迷いはありませんでした。

また、私は肝臓に良性腫瘍(血管腫)を抱えているので、今回も良性だろうと前向きに受け取ろうとしました。

県外にいる臨月の娘にどう説明するか戸惑いました。結局、会いに行って直接説明をしました。その後すぐに、初孫の顔を見ることができ、生への執着となる良いきっかけとなりました。
 

Re: キキさんへ

 投稿者:キキメール  投稿日:2014年10月24日(金)21時29分4秒
返信・引用
  管理人さんへのお返事

丁寧な返事ありがとうございます。
手術前の症状は何一つ改善されるず、手術してから新たな症状として足の痛みと痺れが出て来ました。金先生からの説明もあったので、受け入れるしかないと思っています。後遺症として受け入れて、これから私なりにどう上手に付き合って行くのかが課題なので、助けを求め投稿させて頂きました。それに、独協からの鎮痛剤としての処方がリリカとロキソニンだけだったので、りりかをやめた今はロキソニンだけになります。ロキソニンだけでは足りない気がして…
傷みと痺れは人に見せることができないし、分かってもらう事も難しいと思います。

リハビリ病院に入院中ですが、ここの担当医がりりかの代わりに抗うつ剤リフレックス(15mg)を処方してくれて寝る前に飲みましたが、りりかを辞めたせいなのか、それともリフレックスのせいなのか、ふらつきがひどく、痺れも酷く、この二日間杖無しでも150mあるけたのが、杖使ってても100mも歩けなくなってしまいました。傷みと痺れが強いと感覚も悪くなり、歩きも悪くなります。突然の悪化に戸惑います。珍しい病気なのでここの医者もよく分からないようで不安です。
退院したらペインクリニックに行こうと思っています。
薬リストを早速拝見させて頂きました。参考になります。度々お世話になります。ありがとうございました。
 

Re: 五郎冠者さんへ

 投稿者:五郎冠者メール  投稿日:2014年10月24日(金)09時45分5秒
返信・引用
  管理人さんへのお返事

お返事ありがとうございました。
申し訳ありません。管理人さんの言うとおり、「骨髄」ではなくて「脊髄」です。
間違えてしまいました。

脊髄が白くなっている箇所はいくつかあって、首のあたりや首と腰の間にも数箇所ありました。
一番大きなものが腰のあたりで、症状も下半身以外は出ていないということで、悪さをしているのは
腰のあたりの白いものでしょうということでした。

愛知医科大を紹介してくださった安城更生病院の先生は、「一番疑わしいのは静脈と動脈が押し合って水が溜まったもの、次は脊髄の炎症、可能性は低いが脊髄の腫瘍」とはじめ言われたのですが、その先生が部長に相談したところ、採ってみなければわからないと言われ、ここの病院では神経を触ることができないので、愛知医科大の脳神経外科を紹介されました。

愛知医科大の先生も同じく採ってみなければわからないとおっしゃいましたが、「おでき」と言う言葉を使われたので、脊髄腫瘍なのではないかと思ってしまいました。

知識もなく、宣告を受けたばかりでかなり動揺していたため、思い込みで脊髄髄内腫瘍の星細胞腫と書いてしまいました。申し訳ありません。

父の病状をみていると短期間に症状が悪化しており、1ヶ月後の手術でも遅いと感じているため
またセカンドオピニオンで手術が先延ばしのなってしまうと、そのころには父は動けなくなってしまうのではと思うので、ご相談させて頂きましたが、まずは手術を受け、病名をはっきりさせてもらおうと思います。
今度11月4日に手術前検査があるので、そのときに腫瘍ではないかと聞いてみます。

また、ご報告させていただきます。
 

キキさんへ

 投稿者:管理人メール  投稿日:2014年10月24日(金)00時11分53秒
返信・引用
  うーん。以前にも書いたと思いますが、キキさんの場合は脊髄髄内腫瘍と、
その脊髄の支配野(後遺症と痛みの範囲)が一致していないという意味では、
一筋縄でいかない話なんですよね。

獨協の金先生は後遺症と痛みについて、何と話されているのですか?
それに対してキキさんは納得されているのですか?

キキさん側では、「痛みがあるのに医師が理解してくれない」と思っているかも知れませんが、
医師側では、「この脊髄髄内腫瘍と痛みが釣り合わない」と思ってて、
それでロキソニンという、痛み止めとしてはランクの低い薬しか出されていなくて、
キキさんと医師との間に溝ができているのだと思います。

管理人の考えですが、薬はどれだけ情報を持っていようが、
医師が薬を出してくれない以上は、解決策のないどうしようもないものだと思っています。

医師に相談してワンランク上の薬を出してもらうか、
麻酔科かペインクリニックへの紹介状を書いてもらうかの、この2つしか道はないですね。

リリカは2週間ぐらい前?に副作用の情報がUPされていたので、管理人もざっと目を通しました。
リリカの投薬中止は当然な流れだと思います。

リリカを使っている脊髄腫瘍の患者さんは多いですが、正直効果については首を傾げたくなります。
(「リリカは効いているよ」という患者さんがいらっしゃれば、それはそれでいいと思いますが…)

本気で脊髄腫瘍の痛みを抱えている患者さんは、MSコンチン、オキシコンチン、フェンタニルパッチとか、
がん性疼痛に使うような薬を使っていらっしゃいますよ。

脊髄腫瘍の患者さんに使われる、一般的な薬の一覧表はこちらにまとめてありますのでどうぞ。
http://sekizuishuyou.ongaeshi.biz/kusuri.html

管理人はドラッグチャレンジテストも受けずに一足飛びで、
キシロカイン・ペンタジン・ソセゴンの麻酔薬の注射にお世話になっているので、
体験談としては、まったくお役に立てれないと思います。
(つまりは麻酔薬が必要なレベルの痛みであるという事)
 

五郎冠者さんへ

 投稿者:管理人メール  投稿日:2014年10月23日(木)03時30分14秒
返信・引用
  手術まで時間がないので、要点をかいつまんでお話ししますね。
その前に「骨髄」ではなくて「脊髄」ですよ?
一文字違うだけでも別の部位になるので気を付けて下さいね。

MRI画像がないので何とも言えないのですが、腰のあたりに腫瘍があるのですよね?
腰なら馬尾神経(馬尾腫瘍)の場所ですし、星細胞腫は脊髄髄内腫瘍に発生するので、
馬尾神経なら星細胞腫にあてはまらないんですけど…。

馬尾腫瘍なら粘液乳頭状上衣腫の線も考えられますし、
MRI画像を写メで撮る事を医師にお願いしてみてはどうですか?

脊髄の構造については、こちらをどうぞ。
http://www.v-aid.org/osaka-sekison/yougo.htm

腫瘍名の思い込みだけで情報を探すよりも、今一度きちんと医師に確認する事をおすすめします。
こちらに脊髄腫瘍の告知を受けた時に聞く事をまとめたサイトがあるのでどうぞ。
http://www.geocities.jp/sekizuishuyou/kokuchi.html

☆星細胞腫または星状細胞腫(アストロサイトーマ)

悪性度はグレード1(低)~グレード4(高)まであり、グレード4の場合は3年以内に75%が死亡する、
生死にも関わるほどの怖い腫瘍です。

手術方法は基本が腫瘍摘出術ですが、術中病理迅速診断でグレード4の場合は、
脊髄離断術(二期的手術)となります。

脊髄離断術は文字通り脊髄を人工的に切断(離断)して全麻痺になっててでも、
命と脳を守るという究極の選択です。ただし、これを受けるためにはいくつものの条件があります。

脊髄離断術ができるのは、
①東京の慶應義塾大学(整形)、②栃木の獨協医科大学(脳外)、③北海道の北海道大学(脳外)です。

手術を後悔しないためにも、①慶應と②獨協にセカンドオピニオンを考えてみませんか?
(もちろん患者さん本人であるお父さんも連れてですよ)

ただ、①慶應と②獨協は脊髄腫瘍の2トップと呼ばれていて患者数が多いので、
セカンドオピニオンの予約すら何ヶ月待ちなので、さらに手術となるとまた何ヶ月待ちになるため、
お父さんにあとどれだけ手術の待機可能期間があるのか分かりませんが。

今の主治医が愛知医科大学病院の、脳神経外科か整形外科か分からないのですが、
①なら整形、②なら脳外繋がりで、病院サイドの方から紹介という形で、
セカンドオピニオンの順番を早めてもえたらいいのですが、多分プライドの関係で無理でしょうが。

②獨協の金先生の大学病院や出張セカンドオピニオン先をまとめたサイトがあるのでどうぞ。
http://sekizuishuyou.ongaeshi.biz/mokuji.html

いずれにせよ①や②でもあっても、そこで手術を受けるという事は家族の看護も必要ですし、
家族のホテル代とか結構お金もかかりますから、お父さんと家族全員で今後どうしたいのかを話し合って、
医師と相談される事をおすすめします。

その後の方向性が気になりますので、また報告をお待ちしております。
 

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