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手術から2年たちました3

 投稿者:コキシャメール  投稿日:2014年11月 2日(日)13時19分8秒
返信・引用
  コキシャは、脊髄(頚椎)髄内腫瘍 C1~C5 上衣腫
手術日:2012年10月10日

手術大学病院と執刀医との出会い
2012年9月3日手術大学病院で診察。地元大学病院からMRI画像が送られており新たな検査はなく、同い年で好印象な診療教授の1時間にわたる丁寧な診察と説明を受け、安心して手術することをその場で決めました。診療教授は、学会・講演活動の忙しいスケジュールの合間を縫って、早めの手術日を決めていただきました(それほど切羽詰まった状況だったのかな?)。「歩いて入院される患者さんは、歩いて退院させます」と診療教授に言われ、「この難しい手術を成功させますよ」という意味がわからず、「何を当たり前のこと言っている」のだと思っていました。

妻に同行してもらうため、マンスリーマンションを予約しました。妻は人生初めての一人暮らしに不安ちょっぴり、期待が大。その根拠は、診療教授への信頼感があったこと、そしてこのホームページの管理人さん情報を見て「手術は大変ではない」という都合のいい思い込みをしていたからです。

ただ、身近な人たちには不安が広がっていたようです。「地元大学病院に行けば、どんな病気でも診てくれる実績があるのに、他所の大学病院で手術を受けるとは、かなりの難病か、重症なのではないか?」確かに、身近な人で、地元以外で手術を受けた人は知りません。

診察時点では、上半身と両手甲の痺れ痛み(我慢できる)、左足裏の麻痺でしたが、待機中にさらに両前腕の痺れ痛み(我慢できないに近い)と右足指先まで麻痺が進行してしまいました。2012年7月からの2か月間の症状の進行は本当に速く、この後の不安で眠れない日々が続き、遠くの鉄橋に貨物列車が通る長い音で夜明け近いことを感じる悶々とした日々でした。

入院と手術
丸坊主にして、地元から出発。
2012年10月3日入院。MRI検査、MEP検査などを受ける。
2012年10月10日、約11時間麻酔の手術。診療教授を中心とした医療チームの執刀を受け、頚椎1番から5番までの大きい腫瘍を摘出していただきました。

手術室で麻酔から覚めた瞬間、「生きている」とガッツポーズをしながら叫んだ記憶が強く残っています。ただ、病室に戻っても朦朧としていて、名前をやっと言えたくらいです。

診療教授からは、全摘できたこと、腫瘍の病理検査は「悪性ではない」と告げられ、一安心できました。

硬膜の縫い合わせから髄液が漏れないようにするために腰に脊髄ドレナージを9日間していたので、3回の食事に各30分間起き上がるのみで、あとはもう寝たきりでした。看護師の介助で寝返りしましたが、その都度、「左手はどこ?」と確認するほど、左手位置感覚はなく、「ここにありますよ」と見せてもらって納得できていました。右手で食事と歯磨きができるだけ、左手はほとんど動かせませんでした。

診療教授からは、「食べることが仕事。特にタンパク質を」と言われ、食事を完食するだけでなく、チーズを食していました。しかし、薬での排便コントロールに手間取ったことから、浣腸せざるをなく、される方もする方も大変でした。

脊髄ドレナージ抜き後、リハビリ開始となり、ベッドから車いすに移る日常のリハビリと、平日のリハビリ室でのリハビリを行いました。PTでは、まずは、車いすから立つこと、平行棒内を歩くこと、手が使えないので杖突きの練習はとばして歩行器練習、そしてやっと独歩。何とか退院時には間に合いました。OTでは、初日に両手に持ったタオルでテーブル拭きができず、「こんなこともできなくなったのか!」と、悔し涙を流してしまいました。退院時まで、腕の動きはなかなか回復しませんでした。車いすを自力で手こぎすることは全くできませんでした。

妻には、毎日、昼から来てもらい、デイルームで一緒に食事したり、リハビリ室で見守ってもらったり、精神面で本当に支えてもらいました。脊椎ドレナージも外れていない手術1週間後に、結婚30年目を迎えたことが印象的でした。一緒にご飯を食べることや、リハビリ後のご褒美に売店や病院敷地のイチョウ並木に車いすで連れてもらうことに幸せを感じ、励みとなりました。身体は不自由だけど生きていて本当に良かったと思う時間を過ごしました。

11月下旬に、お世話になった担当医や看護師、OT、PTさんに感謝の挨拶回りを独歩でし、退院しました。
地元から、息子が迎えに来てくれ、用心のため、空港内や飛行機搭乗時はANAの車いすを使用しました。
 

Re: 大変遅くなってすいません

 投稿者:トト  投稿日:2014年10月27日(月)08時47分37秒
返信・引用
  > No.167[元記事へ]

ケイさんへのお返事


ケイさん 手術前後の状況説明どうもありがとうございました。
大変だった様ですね。杖無しに歩けているとの事、良かったですね。

私のL3にある腫瘍が大きくなり生活する上で支障がではじめ、激痛を感じはじめ手術する運びになる頃を想像しながら、読ませていただきました。
53歳の私。60歳で定年、年金が貰える?であろう65歳までは、元気に仕事をする構えでいるのですが、手術が必要となった時、状況は一変してしまうのだろうなと感じています。辛いな。

 

(無題)

 投稿者:ケイ  投稿日:2014年10月25日(土)12時56分49秒
返信・引用
  メールに気付くのが遅く今になってしまいました。すいません。はい!大腿骨骨頭壊死は、以前他の病気で大量にステロイド剤を服用したことがあり、その副作用で大腿骨骨頭壊死でなることがあるみたいで、先生はそう思ったようです。しかし、他の整形外科の先生方は、骨頭壊死ではないと、それで治療も何もしていません。
手術後にこの掲示板に「手術目的は症状の改善ではなく手術による将来的な症状を食い止める事また、神経を圧迫している病変を取り除くだけであり、手術後に症状が改善するかどうかは神経の回復力による、手術前の症状が軽ければ軽いほど症状発現より手術までの期間が短かければ短いほど回復力が期待される、逆に症状が重く症状発現より手術までの期間が長ければ、手術しても症状はあまりよくならない」を読んでとても参考になりました。また、管理者さんも同じ症状があると言うことでなぜかほっとしました。
 

メールに気付くのが遅く今なりました。すいません

 投稿者:ケイ  投稿日:2014年10月25日(土)12時32分31秒
返信・引用
  管理人さんへのお返事

> 話しの内容が分かったので、管理人権限で保留にしてあった、
> 2014年 9月 7日(日)の投稿文は公開にさせて頂きました。
>
> ①総合病院で大腿骨頭壊死と診断。
> ②近くの整形外科で脊髄髄外腫瘍と診断。
>
> こういう言い方は失礼なのでしょうが①は誤診で、実は②が正解だったという事でいいんですよね?
>
> どう考えても脊髄髄外腫瘍と大腿骨壊死とじゃ、大腿骨壊死の方が深刻な病気なはずなのに、
> その後の大腿骨壊死の治療について何も書いて書いていないという事は、
> 大腿骨壊死の治療は何も必要じゃなくて、大腿骨壊死による足への後遺症は無いのですよね?
>
> 脊髄腫瘍は割と誤診というか、別の病名を付けられて、その場しのぎの痛み止めや、
> 針や接骨院とか通っていたけど、そのうちどんどん自覚症状や歩行にも影響が出てきて、
> これはおかしいと別の病院で診てもらったら、本当は脊髄腫瘍だったというパターンが多いです。
>
> それから脊髄腫瘍の手術目的は、
> 「手術時の後遺症のリスクを背負ってでも、将来的な後遺症の進行を食い止める事」ですよ。
> 良くなるために手術をするって思っている患者さんは多いですが、それは違うと思います。
>
> 脊髄髄外腫瘍は脊髄髄内腫瘍と違って、脊髄本体にメスを入れないから、
> 脊髄髄外腫瘍による脊髄の圧迫が取れれば(除圧)、良くなったという患者さんも多いとは思いますが。
>
> ケイさんも感覚障害と固縮があるようですね。管理人も右足の固縮がきつくて、
> 同じように縮んだバネを無理に伸ばすような感じです。
>
> おまけにビバンスキー反射も異常が出ています(足の指が開いてしまう)が、
> 普通に歩いたり自転車に乗ったりしています。
 

大変遅くなってすいません

 投稿者:ケイ  投稿日:2014年10月25日(土)12時29分36秒
返信・引用
  トトさんへのお返事

>
> 掲示板を教えてくれた、友達から、トトさんと管理者さんからメールがきてたよと一昨日聞いて、慌ててメールしてます。手術は、診療明細書をみると、脊髄腫瘍摘出術(髄外)とあります。手術時間は約6時間でうつ伏せの状態でした。手術説明では胸腰椎の後方部分を削って脊髄を露出させ顕微鏡下に腫瘍を摘出しますと言われました。手術が終わった次点で手術前につくっておいた、胸から腰までのコルセットを装着、これはシャワーを浴びる以外は先生の許可でるまで着けてました。先生は2~3カ月位着けておくといいましたが2ヶ月位で外れました。また、手術後は背中をつけられないので横向きで自分では左右向きを変えるのもできず看護師さんを呼んでは向きを変えてもらってました。先生から許可でるまでは、大変でした。排液の管が外れてから、歩く練習とかリハビリが始まりました。3日後に外れ、歩けた時には喜びました。先生に感謝、感謝でした。後遺症は残りましたが何とか杖無しで歩いてます。
 

五郎冠者さんへ

 投稿者:管理人メール  投稿日:2014年10月25日(土)02時04分40秒
返信・引用
  脊髄が白くなっている箇所がいくつかあるというのは、多発性脊髄腫瘍(NF1、NF2、VHL)も考えられますね。
脊髄炎なら髄液採取後、点滴で大量ステロイドの投与なので、手術はしません。

脊髄腫瘍の手術目的には腫瘍を採取して、腫瘍名を確定させるという事なので、
脊髄腫瘍の線も捨て切れないという事なのでしょうね。

五郎冠者さんの投稿文を読んでいて思ったのですが、まずは手術を受け…って書いてありますが、
今はそこで手術する事が最善の選択なんですか?

お父さんの病状を考えると、愛知医科大病院の医師と心中するぐらいの覚悟がないとダメですよ。

医師としては気乗りしない手術を引き受けてみたものの、手術をしたら手に負えない腫瘍で、
病理診断のために少しだけ腫瘍を採取して、そのまま閉創した…という事になったら、どうするのですか?

はっきり言って尻拭いのような2度目の手術を引き受けてくれる医師は限られてきます。
管理人を10数年やっていますけど、こんなパターンの相談ばっかり受けているから言ってるんですよ。

まだ患者さんに次回までの手術待機可能期間があって、車椅子でも移動が可能で、
患者さんも2度目の手術を希望されているなら、転院を前提にもう一度セカンドオピニオンをすすめます。
でもお父さんにはそれが無理ですよね?だから心中するぐらいの覚悟と書いたのです。

脊髄腫瘍の手術目的は、「手術のリスクを背負ってまでも、将来的な後遺症の進行を食い止める事」です。、
お父さんの手術の天秤の先は何が乗っているのですか?
ここが理解できていないと、一生手術をした事を後悔して、後遺症に苦しむ事になりますよ。
 

手術から2年たちました 2

 投稿者:コキシャメール  投稿日:2014年10月25日(土)00時04分6秒
返信・引用
  コキシャです。
脊髄(頚椎)髄内腫瘍 C1~C5 上衣腫  手術日:2012年10月10日

病状の進行
 2008年から左前腕部の皮膚に硬貨大の痛みでもない痺れでもない「違和感を感じる」ことから始まりました。皮膚科の開業医で「じん麻疹」と診断され、薬を処方されながら経過観察を受けていました。少しずつ増える症状(左腕に痺れがでてくる。左手や左足でお風呂の湯加減を感じない。)をその都度説明していたのですが、2年間通院したある日、左側頭部と左耳の皮膚感覚がない旨説明すると、「訴えている症状は皮膚科ではありえない症状で、不定愁訴でしょう」と突き放され、結果として、次にどこで受診するかのアドバイスもなく見放されました。その間も、肩こりなどがひどいときには、整形外科医の開業医でレントゲン撮影をしても原因が分からず、ただ痛み止めの飲み薬や貼り薬を処方されていました。

2010年には、仕事上の強いストレスの中で、さまざまな症状(特にひどかったのは冷え性とホットフラッシュ)が表面化しました。「男性更年期障害」ではないかと疑い、地元大学病院の県内唯一の専門外来を受診し、男性ホルモン量が少ないことから「男性更年期障害」と診断され、ホルモン療法をしました。通常はこれで改善するはずでしたが、なかなか改善しないまま経過観察をしていました。「男性更年期障害」専門外来を定期的に受診する中で、我慢できない症状が出ると大学病院内の該当科に紹介してもらう対応をとりました。背中(肩甲骨と肋骨の間)の痛みや冷え性などの症状を訴えると、地元大学病院の整形外科を紹介してもらい、頚椎のレントゲン撮影をしていましたが、異常は見つかりませんでした。

2011年夏に、また背中の痛みがひどくなったので地元大学病院整形外科でMRI検査を受ける予約まで入れたのですが、その直前に受診した神経内科で左腕の皮膚感覚がないとの症状にも教授に「異常なし」と診断されたことで、予約していたMRI検査をキャンセルさせられ、結果として病気発見を1年間遅らせてしまいました。しかし、症状はなくならず、精神科を受診し「うつ病」と診断され投薬を受けていましたが、好転するはずもありません。大学病院での治療は諦め、自律神経を整えてくれる整体院に通うなど、いろいろともがいていました。

その他に喉奥の痛みで耳鼻咽喉科の開業医に行ってみたけど、抗生剤では良くならず、痛み止め薬に頼っていました。

それらの多くの症状のうち、どれが頚椎髄内腫瘍と関連しているのかはわかりませんが、通常は治るはずの治療でも症状は良くならず、とても不安でした。

告知へ
2012年7月からは、職場のクーラーによる冷えがあまりにもひどいことや以前から痺れていた左手甲に加え、右手甲にも痺れが出てきて、かなりの切迫感を感じ、再度大学病院の整形外科でMRI検査を受けることとしました。その結果、頚椎1番から5番に腫瘍があり、正常な神経を圧迫していたことがわかりました。この病気を疑う医師と出会っていなかったことが、発見を遅らせることになってしまったと思っています。

整形外科では、腫瘍が延髄の直下にあるのでこのまま放置すると呼吸中枢にまで広がり呼吸停止におちいること、手術は必須だが回復のためではなく症状の進行阻止のためであること、整形外科では対応できない部位なので脳神経外科に転科してほしいことなどが告げられました。長年苦しんでいたさまざまな症状を引き起こしていた病名が明らかになったので、この告知はある意味喜んで受け入れました。とにかくこれで適切な治療を受けることができるという期待感もありました。

造影剤を使ったMRI検査の後、半年前に赴任したばかりの脳神経外科教授から、「脊髄(頚椎)髄内腫瘍」と告げられました。ただ、腫瘍は良性のことの方が多いが、手術時に病理検査してみないとどちらとも言えないこと、難易度の超高い手術であり地元にはその分野の医師がいないし自分もできないこと、そしてその場で半年前まで一緒に仕事をしていた他地方の大学病院診療教授の指導医を紹介されました。

このままでは命の危険があり、すぐに手術を受けなければいけないと思い、その診療教授の診察を受けることにしました。そこは遠い場所ではありましたが、新婚旅行や家族旅行の場所でもあり、何度も仕事で出張しているし、飛行機の直行便もあることから、その地は心理的には首都圏よりも近かったです。さらに、その年の4月にたまたま妻が退職しており、一緒に行って看病すると応援してくれたので、遠い地に行くことには迷いはありませんでした。

また、私は肝臓に良性腫瘍(血管腫)を抱えているので、今回も良性だろうと前向きに受け取ろうとしました。

県外にいる臨月の娘にどう説明するか戸惑いました。結局、会いに行って直接説明をしました。その後すぐに、初孫の顔を見ることができ、生への執着となる良いきっかけとなりました。
 

Re: キキさんへ

 投稿者:キキメール  投稿日:2014年10月24日(金)21時29分4秒
返信・引用
  管理人さんへのお返事

丁寧な返事ありがとうございます。
手術前の症状は何一つ改善されるず、手術してから新たな症状として足の痛みと痺れが出て来ました。金先生からの説明もあったので、受け入れるしかないと思っています。後遺症として受け入れて、これから私なりにどう上手に付き合って行くのかが課題なので、助けを求め投稿させて頂きました。それに、独協からの鎮痛剤としての処方がリリカとロキソニンだけだったので、りりかをやめた今はロキソニンだけになります。ロキソニンだけでは足りない気がして…
傷みと痺れは人に見せることができないし、分かってもらう事も難しいと思います。

リハビリ病院に入院中ですが、ここの担当医がりりかの代わりに抗うつ剤リフレックス(15mg)を処方してくれて寝る前に飲みましたが、りりかを辞めたせいなのか、それともリフレックスのせいなのか、ふらつきがひどく、痺れも酷く、この二日間杖無しでも150mあるけたのが、杖使ってても100mも歩けなくなってしまいました。傷みと痺れが強いと感覚も悪くなり、歩きも悪くなります。突然の悪化に戸惑います。珍しい病気なのでここの医者もよく分からないようで不安です。
退院したらペインクリニックに行こうと思っています。
薬リストを早速拝見させて頂きました。参考になります。度々お世話になります。ありがとうございました。
 

Re: 五郎冠者さんへ

 投稿者:五郎冠者メール  投稿日:2014年10月24日(金)09時45分5秒
返信・引用
  管理人さんへのお返事

お返事ありがとうございました。
申し訳ありません。管理人さんの言うとおり、「骨髄」ではなくて「脊髄」です。
間違えてしまいました。

脊髄が白くなっている箇所はいくつかあって、首のあたりや首と腰の間にも数箇所ありました。
一番大きなものが腰のあたりで、症状も下半身以外は出ていないということで、悪さをしているのは
腰のあたりの白いものでしょうということでした。

愛知医科大を紹介してくださった安城更生病院の先生は、「一番疑わしいのは静脈と動脈が押し合って水が溜まったもの、次は脊髄の炎症、可能性は低いが脊髄の腫瘍」とはじめ言われたのですが、その先生が部長に相談したところ、採ってみなければわからないと言われ、ここの病院では神経を触ることができないので、愛知医科大の脳神経外科を紹介されました。

愛知医科大の先生も同じく採ってみなければわからないとおっしゃいましたが、「おでき」と言う言葉を使われたので、脊髄腫瘍なのではないかと思ってしまいました。

知識もなく、宣告を受けたばかりでかなり動揺していたため、思い込みで脊髄髄内腫瘍の星細胞腫と書いてしまいました。申し訳ありません。

父の病状をみていると短期間に症状が悪化しており、1ヶ月後の手術でも遅いと感じているため
またセカンドオピニオンで手術が先延ばしのなってしまうと、そのころには父は動けなくなってしまうのではと思うので、ご相談させて頂きましたが、まずは手術を受け、病名をはっきりさせてもらおうと思います。
今度11月4日に手術前検査があるので、そのときに腫瘍ではないかと聞いてみます。

また、ご報告させていただきます。
 

キキさんへ

 投稿者:管理人メール  投稿日:2014年10月24日(金)00時11分53秒
返信・引用
  うーん。以前にも書いたと思いますが、キキさんの場合は脊髄髄内腫瘍と、
その脊髄の支配野(後遺症と痛みの範囲)が一致していないという意味では、
一筋縄でいかない話なんですよね。

獨協の金先生は後遺症と痛みについて、何と話されているのですか?
それに対してキキさんは納得されているのですか?

キキさん側では、「痛みがあるのに医師が理解してくれない」と思っているかも知れませんが、
医師側では、「この脊髄髄内腫瘍と痛みが釣り合わない」と思ってて、
それでロキソニンという、痛み止めとしてはランクの低い薬しか出されていなくて、
キキさんと医師との間に溝ができているのだと思います。

管理人の考えですが、薬はどれだけ情報を持っていようが、
医師が薬を出してくれない以上は、解決策のないどうしようもないものだと思っています。

医師に相談してワンランク上の薬を出してもらうか、
麻酔科かペインクリニックへの紹介状を書いてもらうかの、この2つしか道はないですね。

リリカは2週間ぐらい前?に副作用の情報がUPされていたので、管理人もざっと目を通しました。
リリカの投薬中止は当然な流れだと思います。

リリカを使っている脊髄腫瘍の患者さんは多いですが、正直効果については首を傾げたくなります。
(「リリカは効いているよ」という患者さんがいらっしゃれば、それはそれでいいと思いますが…)

本気で脊髄腫瘍の痛みを抱えている患者さんは、MSコンチン、オキシコンチン、フェンタニルパッチとか、
がん性疼痛に使うような薬を使っていらっしゃいますよ。

脊髄腫瘍の患者さんに使われる、一般的な薬の一覧表はこちらにまとめてありますのでどうぞ。
http://sekizuishuyou.ongaeshi.biz/kusuri.html

管理人はドラッグチャレンジテストも受けずに一足飛びで、
キシロカイン・ペンタジン・ソセゴンの麻酔薬の注射にお世話になっているので、
体験談としては、まったくお役に立てれないと思います。
(つまりは麻酔薬が必要なレベルの痛みであるという事)
 

五郎冠者さんへ

 投稿者:管理人メール  投稿日:2014年10月23日(木)03時30分14秒
返信・引用
  手術まで時間がないので、要点をかいつまんでお話ししますね。
その前に「骨髄」ではなくて「脊髄」ですよ?
一文字違うだけでも別の部位になるので気を付けて下さいね。

MRI画像がないので何とも言えないのですが、腰のあたりに腫瘍があるのですよね?
腰なら馬尾神経(馬尾腫瘍)の場所ですし、星細胞腫は脊髄髄内腫瘍に発生するので、
馬尾神経なら星細胞腫にあてはまらないんですけど…。

馬尾腫瘍なら粘液乳頭状上衣腫の線も考えられますし、
MRI画像を写メで撮る事を医師にお願いしてみてはどうですか?

脊髄の構造については、こちらをどうぞ。
http://www.v-aid.org/osaka-sekison/yougo.htm

腫瘍名の思い込みだけで情報を探すよりも、今一度きちんと医師に確認する事をおすすめします。
こちらに脊髄腫瘍の告知を受けた時に聞く事をまとめたサイトがあるのでどうぞ。
http://www.geocities.jp/sekizuishuyou/kokuchi.html

☆星細胞腫または星状細胞腫(アストロサイトーマ)

悪性度はグレード1(低)~グレード4(高)まであり、グレード4の場合は3年以内に75%が死亡する、
生死にも関わるほどの怖い腫瘍です。

手術方法は基本が腫瘍摘出術ですが、術中病理迅速診断でグレード4の場合は、
脊髄離断術(二期的手術)となります。

脊髄離断術は文字通り脊髄を人工的に切断(離断)して全麻痺になっててでも、
命と脳を守るという究極の選択です。ただし、これを受けるためにはいくつものの条件があります。

脊髄離断術ができるのは、
①東京の慶應義塾大学(整形)、②栃木の獨協医科大学(脳外)、③北海道の北海道大学(脳外)です。

手術を後悔しないためにも、①慶應と②獨協にセカンドオピニオンを考えてみませんか?
(もちろん患者さん本人であるお父さんも連れてですよ)

ただ、①慶應と②獨協は脊髄腫瘍の2トップと呼ばれていて患者数が多いので、
セカンドオピニオンの予約すら何ヶ月待ちなので、さらに手術となるとまた何ヶ月待ちになるため、
お父さんにあとどれだけ手術の待機可能期間があるのか分かりませんが。

今の主治医が愛知医科大学病院の、脳神経外科か整形外科か分からないのですが、
①なら整形、②なら脳外繋がりで、病院サイドの方から紹介という形で、
セカンドオピニオンの順番を早めてもえたらいいのですが、多分プライドの関係で無理でしょうが。

②獨協の金先生の大学病院や出張セカンドオピニオン先をまとめたサイトがあるのでどうぞ。
http://sekizuishuyou.ongaeshi.biz/mokuji.html

いずれにせよ①や②でもあっても、そこで手術を受けるという事は家族の看護も必要ですし、
家族のホテル代とか結構お金もかかりますから、お父さんと家族全員で今後どうしたいのかを話し合って、
医師と相談される事をおすすめします。

その後の方向性が気になりますので、また報告をお待ちしております。
 

脊髄におでき

 投稿者:五郎冠者メール  投稿日:2014年10月22日(水)16時07分41秒
返信・引用
  父親が6つ目の病院(愛知医科大学病院)で脊髄におできがあると言われました。

MRI画像を見ると、腰の辺りの脊髄が白くなっているのですが、この白い部分の一部を手術によって採ってみないと、正体が何かはわからないとのこと。
しかし診断のためのその手術を受けると、今の症状よりも悪くなるし、麻痺してしまう可能性もあり、
最悪の場合は手術をして一部を採っても正体が何かわからない可能性もあるため医者の立場からは進められないと言われてしまいました。

今現在、歩行困難(杖がないと歩けない)、足のしびれ、足の痛み、便秘、ひどいときは尿が出てしまったり、お風呂に入っていて自分では立ち上がれなくなってしまうことがあるため、今より悪くなるかと思うと躊躇しましたが、放置しても治る可能性は極めて低いと言われたため、苦渋の決断で受けることにしました。


自分なりに調べてみて、先生の言葉とMRI画像、手術方法から、骨髄髄内腫瘍の星細胞腫ではないかと思いこちらの掲示板に書き込みさせていただきました。


病院には手術をしてほしいとお願いしましたが、リスクを考えると不安です。
また、横浜市立大学付属病院 脳神経外科のサイトに「脊髄髄内腫瘍や摘出困難と診断された例があれば相談ください」と書かれていたので、今の病院の先生もかなり有名な先生ではあるのですが、リスクのある診断のための手術をここの病院で受けてもよいのか悩んでいます。

11月4日に事前検査、18日に入院、19日に手術ですので、もし有力な情報がありましたら
それまでに教えて頂きたいです。
 

鎮痛剤?

 投稿者:キキメール  投稿日:2014年10月20日(月)21時47分56秒
返信・引用
  色々あって、栃木県花の舎の病院から10月6日に都内のリハビリ病院に転院しました。
リハビリがあまりにも違って驚きました。
本当は東京に戻り、ゆっくり入院して完璧に治すつもりでしたが(脊髄術後の人のリハビリ入院は最大5ヶ月まで可能)、ここにいても仕方ないと思って、来月には退院しようと思ってます。杖を使っても長く歩けないし家に帰っての生活が不安ですが、早く帰って私なりの方法で回復を目指そうと思ってます。今一番困っているのは痛みのコントロールが出来てないの事です。りりかとロキソニンを飲んでいましたが、りりかの副作用が問題になってるようで主治医からりりかを辞めるニュアンスで言われたのでやめることにしましま。明日からは一日三回のロキソニンだけになりました。りりかも術後すぐの時には聞いてる感じがしましたが、最近はあまり聞かないです。ロキソニンもあまり聞かないし…痛みと痺れが一生続くとは言え、今のままでは本当に地獄ですね。少しでも和らぐ方法はないでしょうか?みなさんはどんな薬で痛みと痺れをコントロールしていますか?
 

手術から2年が経ちました

 投稿者:コキシャメール  投稿日:2014年10月19日(日)22時44分51秒
返信・引用
  管理人さん初めまして
 2012年10月に頚椎髄内腫瘍の手術を行った者です。
 2012年8月に告知を受けてから手術入院の間、この掲示板で勉強させてもらいました。手術後、今も参考にさせていただいています。ありがとうございます。
 勘違いしていました。私がこの掲示板と出会った頃、管理人さんのプロフィールを見て、手術後すぐに歩いているし、退院したら自転車に乗るし、この素晴らしい掲示板を維持管理しているし、よく勉強されているし、「元患者」になられていたので、困っている症状はないのかと勝手に判断していました。
 しかし、最近の管理人さんの書き込みを見ると、やはりいろいろな症状を抱えているのですね。この頚椎髄内腫瘍は、部位が違えば症状は異なるし、人により症状の受け止め方も異なるし、それぞれの治療と出会い、それぞれの経過があり、周りの受け止め方もさまざまに異なるのですね。
 ただ、私の手術病院がこの掲示板には出てこないので、投稿にはちょっと二の足を踏んでいました。
 告知を受けこの掲示板に出会って、手術を受けちょうど2年になります。今の季節になると、手術を受けた時期を思い出します。

病歴
脊髄(頚椎)髄内腫瘍 C1~C5 上衣腫
手術日:2012年10月10日

概要
 2012年8月に地元の大学病院にて「脊髄(頚椎)髄内腫瘍」と診断されました。しかし、難易度の高い手術は地元ではできないということで、紹介された他地方の大学病院にて、10月10日に手術をし、腫瘍を全摘出していただきました。しかし、手術前に既に傷ついていた神経に関する症状(左半身の温度覚と触覚の消失、両腕の痛み)は消えることなく残りました。手術した大学病院には48日間入院し、一応独歩退院し、地元の大学病院に転院しました。
 地元大学病院には16日間入院したのち、動きが良くない両腕のため、地元リハビリ病院に120日間入院してリハビリを受けました。おかげで、腕はある程度動くようになったことで、お箸を使ってご飯を食べれるようになり、自動車運転はハンドルにノブをつけることで右腕右脚のみで操作が可能になりました。
 2013年4月に、腕と指の動きはまだまだ元通りにはほど遠く日常生活に多少の不都合を残しつつ、リハビリ病院を退院しました。
 2013年5月に時間短縮ながら事務職に復職でき、10月からは通常時間の勤務ができるようになりました。右手はゆっくりですが何とか字を書け、日々を重ねるごとに少しずつ速く書けるようになってきました。ただ、PCのキーボード打ちについては、右手指はできますが、左手指で使えるのは人差し指だけです。
今は、外見上は健常者と同じように見え、それなりに生活し仕事することができ生きている(手術できた)ことに本当に感謝しています。しかし、つい元の身体を望み内面的には満足できる状態ではありません。心と身体のギャップとの折り合いを探し続けています。
 

覚醒後の母趾の背屈

 投稿者:トト  投稿日:2014年10月16日(木)23時21分31秒
返信・引用
  > No.155[元記事へ]

管理人さんへのお返事

「覚醒後に母趾の背屈をさせてみる」のお話、ありがとうございます。
手術後に麻酔が切れて意識が戻った時に、足の指を動かす事ができたら、手術は無事成功したと思って良いという事ですか?
現実を受け入れる瞬間かもしれないな。

意識が戻る時って、人工呼吸器はまだしている状況ですよね?
私の場合、手術後、目を覚ました時を想像し覚悟している事は、動ける状態で無く、何週間かは、排尿、排便に不便を強いられる状況が続く状況だと…。

医師の能力、手術の技術は高くはなっているので、腫瘍全摘出は可能な域にあるとは思っていますが、腫瘍を摘出する過程で、多くのリスクを強いられダメージを受けるので、手術前の自分の身体は確実に不自由な身体になる事は認識しなければなりませんね。

医療が進んで、手術せずに、腫瘍を無くす方法がみつかる、そんな未来は待ってないでしょうかね。
 

トトさんへ

 投稿者:管理人メール  投稿日:2014年10月 8日(水)23時35分27秒
返信・引用
  「脊髄・神経根のマイクロサージャリー」 小山 素麿 2000.11発行

第6章 脊髄腫瘍と髄内血管腫の手術
3・手術手技・術中・術後管理、予後
a.上衣腫(ependymoma)
●術中・術後の管理

覚醒後母趾の背屈をさせてみる。左右ともこれができれば“手術は成功”したと考えてまず間違いはないが、
術後3日間に起こる脊髄浮腫には細心の注意が必要で、たえず臨床症状をチェックする。
手術による症状の悪化は3週間で戻ることが多いが、中期の回復はそれほど期待できなくなる。

………

「覚醒後母趾の背屈をさせてみる」というのは、手術後に麻酔が切れて意識が戻ったら、
足指探し試験をやるという事です。

患者さんは素足で目を閉じてもらい、医師は親指と人差し指で足の指の両サイドからつまみます。
それで足の指を上や下に向けて、患者さんに足の指が上か下のどちらを向いているのか答えてもらうという事です。

結論から言うと、手術から十数年経った今でも管理人は答えられません。
答えられないからといって、手術は失敗したなんて言われたら、管理人のプライドが傷付くだけなんですけどね。
(もちろん主治医はそんな事は言いませんが…)

何度も何度も受けたのですが、足の指をつままれてもそれがどの指であるかさえも分からないのに、
上や下のどちらを向いているかだなんて答えられる訳がないのです。
それでも運動機能は残ったので、普通に歩いたり自転車や車に乗ったりしていますよ。

つまりは主治医が判断する“手術は成功”というのは、患者さんが考えているものと違うという事です。

 

menuさんへ

 投稿者:管理人メール  投稿日:2014年10月 8日(水)22時22分32秒
返信・引用
  menuさんは管理人と同じ、
大阪市立大学医学部附属病院、脳神経外科で手術をされたという事で、
質問をさせてもらってもいいですか?

同じ病院で同じ主治医だけど、脊髄髄内腫瘍と脊髄髄外腫瘍では、
どこが違うんだろう?って素朴に疑問に思ったので。

掲示板に公開できる範囲でもいいですし、
掲示板に公開したくないけど、管理人だけにならそっと教えてもいいとおっしゃるなら、
それでも構いませんので、よろしくお願いします。
(できれば詳細な体験談を書いてもらえるのが、一番ありがたいんですけどね)

手術後の入院期間・手術費用(入院費用)は窓口の3割負担・手術目的・
手術時間・歩行開始とトイレ開始の日・手術説明書はページ数・
手術創は何cm・コルセットの有無・各種検査やMEGや感覚機能検査など

背骨は完全還納式椎弓形成術・椎弓形成術・開窓術のどれですか?
人工骨の有無と数・人工骨を留めた素材(チタンプレートとか)

管理人は脳神経外科オリジナルの完全還納椎弓形成術で、
頸椎の2・3・4・5・6を外して人工骨を10個入れています。
こちらで図式で紹介していますので、参考になさって下さい。
http://sekizuishuyou.ongaeshi.biz/gazou.html
 

ゴリクスさんへ

 投稿者:管理人メール  投稿日:2014年10月 8日(水)21時59分26秒
返信・引用
  脊髄腫瘍とは脊髄や脊髄周辺に発生する腫瘍の総称で、3つに分類されます。
A.硬膜の外にできる硬膜外腫瘍
B.硬膜の内で脊髄の外にできる硬膜内髄外腫瘍
C.脊髄内にできる髄内腫瘍

…と言われていますが、ゴリクスさんの場合は、
カテ(カテゴリー)的にはどうなんでしょうね?

近々、定期検診などで病院へ行く機会はありませんか?
その時に正式な病名と、インターネットで同じような患者さんを探すには、
どういうキーワードで調べたらいいのか、聞かれるのが一番いいと思いますよ。
できれば広義の解釈でも脊髄腫瘍のカテゴリーに入るのかどうかも…。

星の数ほどある病気に対して、すべてに患者会やHPや掲示板が存在する訳ではないですよ。
管理人も患者として脊髄髄内腫瘍の情報が欲しかったけれど無かったから、
HPと掲示板を設立したのですから。

だから最初の掲示板のタイトルは「脊髄髄内腫瘍の掲示板」だったのですが、
そのうち脊髄髄外腫瘍や馬尾腫瘍の患者さんが集まり出してきたので、
「脊髄腫瘍の掲示板」に変更しました。

ゴリクスさんが掲示板に何を求めているのか分かりませんが、
ぬくねこさんという方が馬尾腫瘍の掲示板を運営していらっしゃったのですが、
今は事実上の運営停止状態で、紹介できる掲示板は思い当たらないです。

脊髄腫瘍に限った事じゃないですが病気関係の掲示板って、相談や愚痴が多くて運営が大変なので、
個人サイトはなかなか長続きしにくいという実状があります。

定期健診後の報告、お待ちしております。
 

どんぐりさんへ

 投稿者:管理人メール  投稿日:2014年10月 8日(水)21時04分31秒
返信・引用
  管理人の判断基準には、
①何を置いても患者さんの手術の受け入れ先を見付ける事(特に難症例)
②主治医(脳神経外科・整形外科)での治療や処置や、処方される薬であるのか?
③情報は脊髄腫瘍に関係するのか?当掲示板で扱わなければならないのか?です。

…と言いつつも、目の前のメールで手一杯な状況で、
まともに掲示板にも顔を出していないという意味では、
結構無法地帯だな…と思っていますけどね。

結論から申し上げると、管理人が女である以上、生々しいシモの話しは遠慮して欲しいです。
(生理的に受け付けられない…)

管理人も脊髄髄内腫瘍の上衣腫の全摘と引き換えに、排尿・排便機能の90%まで失って、
手術後の膀胱内圧検査の結果が悪すぎて、ショックを受けましたけどね。

フェンタニルパッチ系の副作用と+脊髄腫瘍による非外傷性脊髄損傷で、
酷い便秘になる話しは知っています。
そういう情報はがん系の疼痛や脊髄損傷の方で探すと見付かりますよ。

ちなみに管理人はフェンタニルパッチ(貼り薬)ではなくて、
キシロカイン・ペンタジン・ソセゴン(注射)の速効型で、
ペインコントロールしているレアケースです。

SCS(脊髄刺激療法)についてですが、正直扱いには迷っています。
どんぐりさんはHPを持っていらっしゃいますよね?

HPじゃなくてもブログでも作られて、SCSの話しをまとめて、
今後はそちらで書くのがいいと思いますよ。
当掲示板では次から次に他の投稿文が上乗せされて、情報が埋もれて探しにくいですし…。
 

もうすぐ3年

 投稿者:84  投稿日:2014年10月 3日(金)22時23分56秒
返信・引用
  管理人様

3年前の10月3日に手術の為に入院をしました。
手術は10月6日に受けました。

光陰矢の如し。
あっという間の3年でした。

体調は相変わらずで、シビレ等はあまりありませんが、
微熱とふらつきが気になります。

以上です。
 

仙骨神経鞘腫

 投稿者:ゴリクス  投稿日:2014年 9月25日(木)03時56分5秒
返信・引用
  37歳です、今年の3月に九大にて摘出手術を受けました。

内臓側まではりだしていた為、整形外科と外科の合同手術で仰向けとうつ伏せ計16時間の大手術!?でした。

術前は左脚の痛みで50mも歩けなくなってました、術後はどうにか200m程度なら歩けるものの排尿、性機能障害、左脚の麻痺などが残りました。手術を受けたことを後悔もしましたが、他に選択肢は無かったのだと自分に言い聞かせています。

神経鞘腫のなかでも仙骨部は希少らしく、地元の大学病院では経過観察しか出来ないと言われました。検索してもなかなかヒットしないので、こちらに書き込みさせていただきました。
 

管理人(くまちゃん)さんへ

 投稿者:トト  投稿日:2014年 9月21日(日)21時09分43秒
返信・引用
  > No.147[元記事へ]

手術本位、歩行開始とトイレ、背骨、脊髄腫瘍の手術の成功の件、私が知りたいと思っている事で、回答ありがとうございます。
手術の翌日には歩行を開始していたとの管理人さんの内容には驚きました。
私の腫瘍の高位は、L3なのでどうなるのだろうな?
腰は身体を支える重要な部分で、そこの部分の骨を取り除くなり削るとなるとどうなるのだろうと思ってしまいます。
手術本位ですが、うつ伏せの状態な時、顔はどちらを向いているのだろうかなとか想像して気になっています。
手術台の顔の部分に穴があいていて、真下を向いた状態で行うのか、それとも右か左に顔を向けた状態で行うのか、どうなんだろうと?
長い時間、顔を横に向けていたら目が覚めた時は、首あたりがおかしくなっているのではないかとか、腕はどんな状態で位置させて手術を受けるのかとか、全身麻酔で人工呼吸している状態が気になっています。
これって、私の頭の中では、全身麻酔で人工呼吸している状態って、生命を維持している状態って事で、凄く恐い状況と思っているからかもしれません。

管理人さんの体験談のページ、まだ少しではありますが拝見させてもらっています。
これから、じっくり時間をかけて拝見させていただきます。
ありがたいページを用意してだき感謝です。

手術説明書(大学病院・総合病院)の内容が書かれているページも拝見させてもらいましたけれど、「問題点」な内容を読み入ると、執刀医とその手術に携わる人たち(グループの人)の大変さを感じます。


> 「脊髄腫瘍が全摘出できる事が手術の成功」ですよ。これも勘違いされている患者さんが多いです。

私も、勘違いしている人のひとりでした。
腫瘍が存在していない当時の自分の身体に限りなく近づく事が、手術の成功の証と構えていました。それは、欲張りかもしれませんね。
要は、体感的に痛みやしびれ等が伴わない症状になる事への願望が強いって事でした。


> 手術というか医学には限界があって、6つの要因で手術後の後遺症が決定します。

6つの要因ってなんでしょうか?教えて下さい。
宜しくお願い致します。
 

トトさんへ

 投稿者:管理人メール  投稿日:2014年 9月20日(土)18時54分23秒
返信・引用
  管理人は脊髄髄内腫瘍のC5(頸椎の5番目)の上衣腫です。

C5の後遺症は顎から足先までだけでなく、呼吸の支配野にも影響があるので、
ベッド上で人工呼吸器を付けて病院で過ごさなくていい事も、
お箸を持てる事も、自分の足で歩ける事も、そんな当たり前の生活が送れる事は、
本当にありがたい事です。

☆手術体位:
閉鎖循環式全身麻酔(伏臥位)のsemiprone park bench positionと言います。
要はうつ伏せの体位です。

☆歩行開始とトイレ
12時間の手術をしても翌日から歩行開始(転倒防止のために点滴スタンド付き)で、
膀胱内圧検査ご導尿カテーテルを外してもらったあと、自分でトイレに行きました。

管理人が手術をした、大阪市立大学医学部附属病院の脳神経外科という所は、
アメリカ方式を採用して、早期離床を推進していました。

こちらで詳細な管理人の体験談を公開していますので、よかったら参考にして下さい。
http://sekizuishuyou.ongaeshi.biz/mokuji.html

☆背骨:
脊髄髄内腫瘍(顕微鏡下手術)→椎弓切除術
脊髄髄外腫瘍(肉眼下手術)→椎弓切除術か開窓術

脊髄髄外腫瘍が縦方向に大きくなければ、たいてい椎弓切除術(背骨を切除して外す)ではなく、
開窓術(背骨を削る)だけで済むと思いますが、手術をする時点で主治医に確認して下さいね。
http://www.sekitsui.com/syujyutsu2/youtsuikouhoujoatsu/

☆脊髄腫瘍の手術の成功
「脊髄腫瘍が全摘出できる事が手術の成功」ですよ。これも勘違いされている患者さんが多いです。
手術後の後遺症によって手術の成功の良否が決まるのであれば、
どの患者さんも手術なんて受けたりしませんよ。

手術という第一線で戦っていらっしゃる医師をないがしろにする訳じゃないですが、
手術というか医学には限界があって、6つの要因で手術後の後遺症が決定します。
 

ケイさんへ

 投稿者:管理人メール  投稿日:2014年 9月20日(土)18時49分35秒
返信・引用
  話しの内容が分かったので、管理人権限で保留にしてあった、
2014年 9月 7日(日)の投稿文は公開にさせて頂きました。

①総合病院で大腿骨頭壊死と診断。
②近くの整形外科で脊髄髄外腫瘍と診断。

こういう言い方は失礼なのでしょうが①は誤診で、実は②が正解だったという事でいいんですよね?

どう考えても脊髄髄外腫瘍と大腿骨壊死とじゃ、大腿骨壊死の方が深刻な病気なはずなのに、
その後の大腿骨壊死の治療について何も書いて書いていないという事は、
大腿骨壊死の治療は何も必要じゃなくて、大腿骨壊死による足への後遺症は無いのですよね?

脊髄腫瘍は割と誤診というか、別の病名を付けられて、その場しのぎの痛み止めや、
針や接骨院とか通っていたけど、そのうちどんどん自覚症状や歩行にも影響が出てきて、
これはおかしいと別の病院で診てもらったら、本当は脊髄腫瘍だったというパターンが多いです。

それから脊髄腫瘍の手術目的は、
「手術時の後遺症のリスクを背負ってでも、将来的な後遺症の進行を食い止める事」ですよ。
良くなるために手術をするって思っている患者さんは多いですが、それは違うと思います。

脊髄髄外腫瘍は脊髄髄内腫瘍と違って、脊髄本体にメスを入れないから、
脊髄髄外腫瘍による脊髄の圧迫が取れれば(除圧)、良くなったという患者さんも多いとは思いますが。

ケイさんも感覚障害と固縮があるようですね。管理人も右足の固縮がきつくて、
同じように縮んだバネを無理に伸ばすような感じです。

おまけにビバンスキー反射も異常が出ています(足の指が開いてしまう)が、
普通に歩いたり自転車に乗ったりしています。
 

歩ける幸せ

 投稿者:トト  投稿日:2014年 9月12日(金)23時49分5秒
返信・引用
  ケイさん はじめまして

硬膜内髄外腫瘍の神経鞘腫の手術を無事終えられた様で良かったですね。
歩けるだけ幸せと言われている気持ち、伝わるものあります。
ケイさんは、手術後、どのくらいで歩ける様になったのですか?
同じ病気なので、色々と知りたくなります。
全身麻酔で手術ですから人工呼吸はしているわけで、その時の姿勢ってどうなんだろうとか、腫瘍を摘出する時って、骨が外にあるので、骨ってどうするのだろうとか、コワサを感じます。
上記の内容は、患者さんから医師に聞かないと知れない話かもしれない。
脊髄の手術って医師は凄く大変だろうな。手術が成功するのと失敗するのとでは患者さんの将来が大きく変わるのですから…。

私もいつか手術する事になるのだろうけれど、手術後、歩けている自分でありたいです。
今は、走れるうちに走っておきたい…で、ジョギングしています。
 

(無題)

 投稿者:ケイ  投稿日:2014年 9月 8日(月)17時58分8秒
返信・引用
  大変失礼しました。はい!大腿骨頭壊死ではなかったと言う事です。手術後に左足の膝と膝上辺りまで感覚が鈍く、歩いてると石みたいに固まった状態に、なったり、縮んだバネを無理に伸ばすような感じです。  

ケイさんへ

 投稿者:管理人メール  投稿日:2014年 9月 8日(月)04時12分3秒
返信・引用
  ケイさんの投稿文を何度も読み返してみたのですが、
2つの病気の関連性が分かりにくかったので、管理人権限で保留にしてあります。

1つめの太ももの病気の経過観察中に、2つめの脊髄髄外腫瘍の病気が見付かったという事ですか?

1つめと2つめの病気の間には因果関係は無いけど、
後遺症や痛みは2つの病気による原因がごちゃまぜになっているという事ですか?

要は脊髄髄外腫瘍の本来の病気として、関係があるのか無いのか?という事です。

お手数ではございますが上記の件を踏まえて再度投稿してもらえないでしょうか?

投稿の前に管理人にもう少し掘り下げた説明をしたいとおっしゃるのなら、
投稿者の管理人の名前の横のメールのアイコンからご連絡をお願いします。
 

トトさんのメールを読んで

 投稿者:ケイ  投稿日:2014年 9月 7日(日)11時29分5秒
返信・引用
  トトさんへのお返事

私は昨年の2月に硬膜内髄外腫瘍の神経鞘腫で、手術をしました。脊髄の腰髄の1番と2番にできてました。やはり足の付け根の痛みから始まり総合病院でMRIをとり、大腿骨頭壊死と診断。腰の痛みも訴えレントゲンを撮り異常なし。しかし、痛みはひどくなり、足先の痺れ左膝内側の感覚がないベールに包まれたような感じ、夜寝るのが苦痛、神経痛みたいな痛み起き上がる時の激痛、咳をしても、くしゃみをしても付け根と腰に激痛、夜寝るのが本当に苦痛でした。病院で大腿骨頭壊死の経過観察でレントゲンを撮りに3ヶ月に一回受診薬は湿布のみ。近くの内科で痛み止めをもらっていました。右足の先にも痺れが来たので近くの整形外科を受診、そこで腰のMRIを撮り、やっと原因が脊髄腫瘍とわかりました。小さかったら経過観察で良いけど大きいから手術した方がと良いと大きな病院を紹介してもらいました。そして受診したら先生から、やはり手術した方が良いと、ただ、手術したら歩けなくなるのが早くなるかも知れません、でもしなくてもいずれ歩けなくなります。と、尿もでなくなると…手術では、1本は神経を切りますから後遺症はどこかにでます。と言われました。歩けなくなるのが手術して早くなったらと言う不安、しなくてもいずれ歩けなくなる、先生からはいつと言う事は言われませんでしたが、何となく早くした方が良いんだなと言う空気でした。夜寝るのも辛かったし、少しでも楽になるならと手術にふみきりました。症状がでてから、1年半かかりました。手術をして一応は歩けます。夜も眠れます。左足に後遺症、痛みも残りましたが…。歩けなくかるかもと不安があったけど歩けるだけ幸せと思ってます
 

退院後2か月たちました

 投稿者:nemuメール  投稿日:2014年 9月 6日(土)17時02分4秒
返信・引用
  お久しぶりです。
リハビリの件、お返事いただきありがとうございました。
その後、腹部ふともものツッパリはなくなりましたが、頭痛や腰痛がひどく、とりあえず1月まえから鍼灸院に行きだしました。いまのところ、針が効いているようで、症状が少しよくなりました。
お陰様で職場にも復帰しましたが、残業が少ない部署に異動になりました。
病気がわかるまでは長時間労働で無茶していたなあ…と今わかります。
自分の体を自分で壊しながら進んでいたようです。
はやく病気がわかって手術するのにこしたことはありませんね。仕事を優先して自分の体をいい加減にあつかっていた私は愚かでした。ほかの人には賢く行動していただきたいです。
まだ膝から下の感覚麻痺や、首・背中の痛み、運動のしにくさなど…体中不具合で、毎日しんどくとても疲れます。今までできていたことに何倍も時間がかかったりすると正直絶望感がわいてきます。頸椎症にもなっているので、手もしびれてます(泣)
つい愚痴を書いてしまいました…。気力の回復が課題ですね。
管理人さんはじめこのページに参加している皆さん、こんな私ですが一緒によろしくお願いいたします。
 

Re: 硬膜内髄外腫瘍 6mm

 投稿者:島人おっさんメール  投稿日:2014年 9月 3日(水)15時18分20秒
返信・引用
  > No.134[元記事へ]

初めてトトさん 私は 2008年の夏 脊髄内C3に境界線のハッキリしない影が見つかり´Д`  半年で死んじまうとか びびりましたが 未だに大きくもならず 小さくもならず脊髄内腫瘍疑いのまま 経過観察中ですぞぉ セイケンするにはリスクが高すぎるとの事  悩んでいても治る訳もなく 開き直って 医者に任せ 症状と仲良く付き合うしかないっと 今は考えるしだいです
 

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